「素人鰻」で考える「労働」とは

「武士は食わねど高楊枝」というダンディズムがまさにそれでしょう。かような江戸っ子らしさ、カッコよさが継承される一方、経済観念のない職人および武士階級(要するに商人以外)は、江戸も末期に近づく(つまり、資本主義化する)につれて没落していきます。「士農工商」という身分制度の中で一番下だった商人たちが、武士階級にカネを工面するなどして発言力を高めていったのです。

 そして、そんな流れから明治維新となります。武士階級が失業することになるのは、当然の流れです。そこで武士から士族となった層に奉還金(退職金)が支給されることになるのですが、さて、ここからです。

 これを元手にして商売を始めた士族が多くいたのですが、持ち前のプライドの高さ(抜け切れない特権意識)から来るコミュニケーション能力のなさから、ほぼほぼ商売はしくじるのですな(反対に、もともと農民出身で、みずからの生産物を売り歩いていた、そろばん勘定に長けた渋沢栄一が評価されていくのと好対照です)。

 これがいわゆる「士族の商法」です。いつの世も同じなのですが、この金を狙って士族をターゲットにした詐欺師もたくさん現われました。「振り込め詐欺」の祖先みたいなものでしょうか。

 まさに「素人鰻」という落語は、かようなバックボーンを持っています。【あらすじ】
 一人の武士が、神田川の金(きん)という鰻職人の勧めで奉還金をはたいて鰻屋を開業します。さて、この金という男、腕はいいのですが、酒癖が悪いというキャラです。
 それでも、その武士に厄介になったという恩義から、一所懸命に働くと誓います。ところが、開店したその日、勧められた酒に酔って暴れ、主人に追い出されます。その翌日、反省の色を見せて帰ってきた金は、許されて店に出ますが、この日も酒を勧められて飲んだ挙句に、暴れてしまいます。
 武士はまたまた金を店から追い出すのですが、職人のいない店は立ちゆかなくなります。しびれを切らした武士が、「金が来ないのなら、わしがやる!」と慣れない手つきで鰻を捕まえ、調理しようとするのですが、うまくいきません。
 やっとの思いで鰻を捕まえようとするのですが、つかんだ手から先へ抜けていくため、武士はそのまんま表へ飛び出していきます。ぬるぬるした鰻を手にしたまんま、通りすがりの人に「どこに行くんだい?」と聞かれて、「いや、わからん、前に回って鰻に聞いてくれ」。