「気温」「大気汚染」「海面水位」の異変と病気の因果関係

 NCDの要因の1つとされる環境については、誰もが生きがいをもって自らの健康づくりに取り組むことのできる社会環境の構築、という趣旨で述べられている。しかし、NCDと気候変動問題の関係については、特に言及されていない。

 一方、IPCC報告書では気候変動問題がNCDに与える影響について、いくつかの報告ペーパーをもとに述べられている。そもそも、気候変動問題がNCDに与える影響については、現在、各国の研究者がさまざまな角度から調査・研究を行っている状況だ。以下では、このIPCCの報告書を手がかりに、その影響について見ていこう。

(1)気温

 心血管疾患は、寒冷や暑熱と関連があるとのエビデンス(科学的な証拠や根拠)が増えてきている。

 例えば、ドイツの都市アウフスブルクで1987~2014年に行われた調査では、地球温暖化の下で、暑熱にさらされることが心筋梗塞を引き起こす環境要因として考慮されるべきとの結果が得られたという*6

 また、タイトルに「心血管死亡」「寒冷」「暑熱」といったキーワードを含む、最近5年間に公表された英語の文献(89の調査記事と3つのウェブサイト)をメタ分析(複数の研究の結果を統合して、より高い見地から分析すること)した結果、低温・高温とも心血管疾患の超過死亡(予測と比較した場合の増加分の死亡者数)や超過入院(同入院者数)と関連していたとのレポートもある*7

 さらに、医療系論文サイトのデータベースをもとに、1975~2015年に出版された文献(18個の死亡率のペーパーと31個の罹患率のペーパー)のメタ分析を行った結果、気温上昇時の高齢者の心血管疾患の死亡率や罹患率の増大を見いだした、との研究結果もある*8

 ただ、心筋梗塞や脳卒中による入院患者は気温の影響を受けやすいが、気温の影響が見られない集団もいる。集団ごとの影響の受けやすさの違いとして、中国の深圳で2005~2016年に初めて脳卒中に罹患した約14万人の患者を対象に行われた調査によると、主に中高年や移民の患者に「暑熱」との関係が見られたという*9

 また、心筋梗塞に関して、2017年までに医療系論文サイトの中国のデータベース(中国知網)で掲載された30件の論文中23件の研究をメタ分析した結果によると、高温、低温、熱波に関して、患者ごとに影響の受けやすさの違い(異種性)が見られたとのことである*10

アメリカでも各地で猛暑が続き、熱中症患者が増えている(写真:ロイター/アフロ)

(2)大気汚染

 1980年以降のフランス、ドイツ、ベルギーなどでの調査のメタ分析をもとに、大気汚染や寒さにさらされることは、急性心筋梗塞の発症リスク増加と確実に関連しており、これらは心血管疾患の予防において「修正可能な危険因子と考えられるべき」としている研究報告もある*11

 一方、2006~2007年にオーストラリアのメルボルンで行われた山林火災による煙と病院外での心停止等の関連性についての調査によると、火災による大気汚染と心血管疾患の増加には有意な関連性が見られたという*12

カナダの山火事で大気汚染、煙が米各地まで到達(2023年6月、写真:ロイター/アフロ)

(3)海面水位

 近年、海面水位の上昇に関連して、地下水への塩水の侵入がアジアのデルタ河口地域で見られている*13

 2015年までに医療系論文サイトに掲載された高血圧に関する10の文献のメタ分析によると、このことは、沿岸地域で暮らす人々の塩分摂取量を増加させる可能性があり、高血圧の危険要因となる可能性があるという*14