4月13日、メリック・ガーランド米司法長官は、100件を超える国家機密文書が交流サイト(SNS)に流出した問題で、東部マサチューセッツ州の空軍州兵、ジャック・テシェイラ1等空兵(Airman First Class)(1等空兵は自衛隊の一等空士に相当)(21)をスパイ容疑で逮捕したと発表した。
米紙ワシントン・ポストは米政府関係者の話として、容疑者が州兵部隊の情報部門に所属し、国防総省の機密情報へのアクセス権を持っていたと報じた。
今回の国家機密流出問題を巡っては、ロシアのウクライナ侵攻などに関わる米国の内部文書とみられる資料が流出した疑惑を、米紙ニューヨーク・タイムズが4月6日に報道していた。
流出したとみられる資料には、ウクライナ軍の反転攻勢に向けた米国と北大西洋条約機構(NATO)による訓練計画や、ウクライナに防空ミサイルを大量に供給しなければ4月半ばから5月初めには完全に補給が途絶える、という見通しなどが含まれていた。
また、投稿された文書には、イスラエルや韓国、エジプトなどの諜報情報も含まれていたとされる。
このことは、米国が同盟国に対し諜報活動を行ってきたことを意味するものであり、米国と同盟国との関係悪化につながる可能性もあり、バイデン政権は危機感を強めた。
しかし、同盟国は、受け流さざるを得なかった。
それはなぜか。同盟国に対する諜報活動は、ほぼどこの国も行っている公然の秘密だからである。詳細は後述する。
さて、今回スパイ容疑で逮捕されたテシェイラ1等空兵は、国防総省の機密情報へのアクセス権を保有している。すなわちインサイダーである。
米国のカーネギーメロン大学のコンピューター緊急対応センター(CERT)は、インサイダーを次のように定義している。
「現もしくは元従業員、契約社員、派遣社員、またはビジネス・パートナーで、組織のネットワーク、システム、またはデータへのアクセス権が与えられている者若しくは与えられていた者で、組織の情報もしくは情報システムの機密性、完全性、または有用性に悪影響を与えるような方法で、このアクセスレベルを故意に越えて使用する者またはこのアクセス権を悪用する者」
米国は、過去にもインサイダーによる世界的に注目された2件の国家機密の流出事件を起こしている。
一つは、ウィキリークス事件である。
2010年11月28日、国際的な内部告発サイトのウィキリークスは、米国の外交文書(「大使館機密公電」)220点をウエブサイトで公開した。
ウィキリークスは、1966年から2010年までの米国の大使館機密公電25万点を入手したと発表し、その後さみだれ式に公開を続けた。
ガーディアン紙によると機密資料の容量は1.6ギガバイトで、小さなメモリーカードに保存されていたようである。
米軍は、2010年6月に機密情報漏洩容疑で陸軍の情報アナリストであったブラッドリー・マニング上等兵を逮捕した。
マニング氏は、2007年に陸軍に加わり、2年後にイラクに送られた。
2010年、戦場の動画や米国大使館の外交公電を含む75万件のファイルを空のCDにコピーして基地から持ち出し、これを当時まだ知られていなかったウィキリークスに提供した。
2013年8月21日(米国時間)、軍事法廷において、マニング上等兵に対して、「機密文書漏洩の罪」で禁錮35年の判決が下された。
もう一つは、スノーデン事件である。
2013年6月、米中央情報局(CIA)や国家安全保障局(NSA)での職務経験のあるIT技術者エドワード・スノーデン氏は、世界最強ともいえる情報組織NSAから国家機密を大量に持ち出し、「ガーディアン」紙などのメディアを通じて世間に公表した。
具体的には、NSAが収集した通信データや情報を格納するコンピューターシステムにアクセスし、USBメモリーなどの記憶媒体にコピーして持ち出したとされている。
2013年6月、香港に逃亡し、英紙ガーディアンの取材を受けたスノーデン氏は、NSAから持ち出した内部文書、特に、NSAが「プリズム(PRISM)」と呼ばれる国民監視システムを使い、米国内で網羅的な通信情報収集を行っていることを暴露した。
米国検察当局は、スノーデン氏をスパイ行為などの罪で刑事訴追し、香港に対して身柄拘束を要請していたが、6月23日、彼はロシアに亡命し、現在はロシア国籍を取得している。
さて、上記のウィキリークス事件とスノーデン事件では、両氏が組織の厳しいセキュリティ対策をすり抜け機密情報を持ち出したが、今回の事件はやや事情が異なる。
テシェイラ1等空兵の場合は、システムを操作していたらたまたま機密情報にアクセスできてしまったので、世間を驚かすためにその機密情報をSNSに公開したのではないかと思われる。
筆者の見立てでは、テシェイラ1等空兵は愉快犯である。
愉快犯の目的はあくまで人が慌てふためく様子を笑うことであり、そのために質の悪い悪戯を計画・実行し、できるだけ大きな混乱を呼ぶことにある。
ところで、筆者は米国はスパイ対策には強いが、インサイダー対策には弱いと見ている。
理由は、米国のような民主主義国は、人権やプライバシーが尊重されるためである。詳細は後述する。
さて、本稿では今回の機密情報流出で浮き彫りになった米国の同盟国に対する諜報活動と米国のインサイダー対策の問題について考えてみたい。
初めに今回の機密情報流出事案の経緯について述べ、次に米国の同盟国に対する諜報活動について述べ、最後に米国のインサイダー対策の弱点について述べる。