オランダのハーグにある国際刑事裁判所(ICC、ICCのサイトより)

 国際刑事裁判所(ICC)は3月17日、ウクライナを侵略するロシアが、占領地の子供を違法に自国に連れ去った行為は「戦争犯罪」に当たる疑いがあるとしてウラジーミル・プーチン大統領ら2人に逮捕状を発行した。

 ウクライナ戦争を巡る初めての逮捕状である。

 ICCが国家元首級に対して逮捕状を発行したのはスーダンのオマル・アル=バシール大統領(2008年、「人道に対する犯罪」と「戦争犯罪」)、リビアのムアンマル・アル=カダフィ大佐(2011年、「人道に対する犯罪」)に続いてプーチン氏が3人目である。

 これでプーチン氏は国際社会のお尋ね者になったわけである。

 今後、国際社会におけるプーチン氏の威信は失墜し、孤立が強まる可能性がある。

 ロシアのウクライナ侵略を巡っては、キーウ近郊のブチャなどで多数の民間人が虐殺された。しかし、大統領の指示を立証するには多くの証言が必要になる。

 そこで、ICCはプーチン氏の指示が明確な子供の強制移送を「戦争犯罪」の容疑で立件したものと見られる。

 ICCは、ローマ規定(またはICC条約)に基づき、「集団殺害犯罪(ジェノサイド)」「人道に対する犯罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」について国際裁判管轄権を有する。

 従って、今後は「集団殺害犯罪」「人道に対する犯罪」または「侵略犯罪」の容疑でもプーチン氏に逮捕状が発行される可能性もある。

 ICCのカーン主任検察官は3月17日、「具体的な最初の一歩だ。今後も 躊躇なく逮捕状を発行し続ける」と今後もロシアの戦争犯罪等を追及していく意向を示した。

 ICCは、「犯罪は少なくとも2022年2月24日からウクライナの占領地で行われたとみられる。プーチン氏が前述の犯罪について個人的に刑事責任を負うとみなす合理的な根拠がある」とした。

 このほか、ロシアの「子供の権利担当大統領全権代表」のマリヤ・リボワベロワ氏に対しても逮捕状を発行した。

 ICCの声明によると、プーチン氏は2023年1月、リボワベロワ氏に対し、ウクライナの露軍占領地域で保護者のいない子供を見つけ出すよう指示した。

 また、2022年5月の大統領令への署名で、占領地域の子供のロシア国籍取得を簡素化し、孤児をロシア人と養子縁組させることを奨励していた。

 これまでの捜査から少なくとも数百人の子供がウクライナの児童養護施設などから連れ去られ、多くはロシアで養子に出されたとみられている。

 カーン主任検察官は「こうした行為は、子供たちをウクライナから永久に連れ去ろうとする意思を示している」と述べている。

 ちなみに、英国籍のカーン主任検察官は、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所とルワンダ国際刑事裁判所の検察局での法律顧問やイスラム国(ISIS)によるイラクでの犯罪を調査する国連チームを率いた経験がある。

 他方、プーチン政権は、占領地からの子供に移送は、戦地の孤児らを保護するためだと主張している。

 さて、各国の反応である。

 ジョー・バイデン米大統領は3月17日、ホワイトハウスで記者団に対し、米国は自国に対するICCの管轄権を認めていないものの「正当だ。強い説得力がある」と述べた。

 そのうえで「彼が戦争犯罪を行っているのは明白だ」と改めてプーチン大統領を非難した。

 岸田文雄首相は3月18日、日独両首脳による共同記者会見で、「捜査の進展を重大な関心を持って注視したい」と述べた。

 筆者は、日本政府が2022年3月9日にICCに捜査を付託したことを踏まえると、ICCの取り組みを評価するなどの表明があっても良かったのでないかと思う。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は3月17日、ロシアに連れ去られた子供の実際の数は1万6000人を「はるかに上回る」とし、プーチン氏に責任があると非難した。

「テロ国家の舵取りをする男の決定なしにこのような犯罪的作戦を実行することは不可能だっただろう」とも述べた。

 一方、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は3月17日、ICCがプーチン氏に対し逮捕状を出したことについて、「法的な観点も含め、ロシアにとって何の意味もない」とし、「ロシアはICC条約の締約国ではなく、何の義務も負っていない」と述べた。

 また、ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は3月20日、ロシアはICCが提起した問題そのものが「言語道断かつ容認できない」とし、ICCのロシアに関するいかなる決定も「無効」であると述べた。

 ところで、ICCは容疑者不在の「欠席裁判」を認めないため、訴追には容疑者の逮捕と引き渡しが不可欠である。

 従って、プーチン氏が失脚しない限り訴追される可能性はない。

 しかし、プーチン氏がウクライナやICC加盟国の領域に入れば、彼を逮捕してICCで裁判にかけることが可能となる。

 捜査協力はICC約締約国の義務となっている。2023年3月現在のICC条約の締約国は123か国である。

 さて、本稿ではウクライナに侵攻したロシアの国際法違反の実態を明らかにしたい。

 以下、初めに国際刑事裁判所について述べ、次に子供の移送は国際法のどの条文に抵触するのかを述べ、最後にウクライナでのロシア軍の行為はどの国際法に違反しているのかについて述べる。