4月4日、NATO加盟を果たしたフィンランドのペッカ・ハーヴィスト外相(左)と握手する米国のブリンケン国務長官(右)。中央はNATOのストルテンベルグ事務総長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

 4月4日、フィンランドがNATOに正式に加盟した。31番目のメンバーである。ロシアは、これに猛反発し、ベラルーシに戦術核兵器を配備するなど、対抗措置を講じている。

ウクライナ戦争の起源…クリントンの裏切り

 1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦が終わった。そして、1990年10月3日にはドイツ統一が実現し、1991年12月26日にはソ連邦が崩壊した。

 それ以来、ロシアはかつての一大帝国は領土を減らし、衛星国に対する支配権を失っていった。それを引き起こしたのがNATOの東方拡大である。

 西ドイツのコール首相は、東西ドイツを統一するにはソ連の理解が必要だと考え、ゴルバチョフ書記長の懸念を払拭させるべく、NATO不拡大を約束した。

 ソ連邦が崩壊後も、NATO不拡大の「約束」は守られ、NATOは、1994年1月に拡大の代替案として「平和のためのパートナーシップ(PfP)」を創設し、東欧諸国は加盟しないまでもパートナーとして扱うとし、ロシアもこれを了解した。

 ところが、1994年後半になって、クリントン大統領は、大統領選で東欧系移民の票を得るために、「NATOにはどの国も加盟できる」と表明して政策変更をしたのである。このアメリカの豹変こそが、現在のウクライナ戦争の起源なのである。