しかしこういう疑問がある。もし彼女が検査を受けなかったら、「いや最近けっこう物忘れがひどくてね」で済んでいたのではないか。病名を告げられたために「自分は普通に暮らしていた昨日までと何も変わらないのに」、もう今日からは認知症患者なのだ。

 彼女がネットで調べると「5~7年で寝たきり」ということが書かれたりしていて、「絶望して家に閉じこもる暮らしが半年ほど続いた」という。

 はたして認知症は早期発見したほうがいいのか。気休めの治療みたいなことはあるのだろうが、根本的な治療法も進行抑制薬もないのだ。早期発見のメリットがわからない。

 というのも、それから4年が経った現在、さとうさんは「暮らしの中で失敗することもある」が、家族とはLINEでつながり、「今も財布やクレジットカードを持ち歩き、家計の管理も続けている」。概ね生活できているのである。

 2歳で脳機能障害がみつかり発達障害と診断された長男が、いまでは大学生である。かれの友だちが「君のお母さん、認知症になっちゃったの? かわいそうだね」といったが、かれは「母さんは認知症になってしまったけど、かわいそうじゃないよ。かわいそうって思わないでね」と答えたという。

 今年1月、エーザイが米のバイオジェンと共同開発した「レカネマブ」という薬の承認申請が厚労省に提出された。これはアルツハイマー型認知症の原因物質「アミロイドβ」を減少させ、認知機能の低下を27%抑制するという臨床結果が得られ、進行抑制に効果があると期待されている。しかし価格は年に約350万円するとされ。だれもが使えるというわけではない。

 厚労省によると、65歳以上の認知症の人の数は約600万人(2020年現在)と推計されている。しかしこれが2025年には100万人増えて約700万人(高齢者の約5人に1人)になると予測されている。

 こんな予測だれが必要とするのか。5人に1人と聞くと、自分がその1人にならない保証はないな、と思いがちだが、そんな心配は無用である。心配してもしなくても、なるときはなり、ならないときはならないのである。行政や学者や医者にとっては意味があるかもしれないが、高齢者にとっては余計な予測である。知ったところでどうすることもできず、「それで?」というほかはない。