保山耕一氏のYouTube映像「奈良、時の雫」シリーズ「不退寺、今まさに紅葉の見頃」(2022/11/28)から(https://www.youtube.com/watch?v=nz0qO2X_HA0

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 サッカーのカタールW杯(ワールドカップ)で日本がドイツに勝ったときは、2015年のラグビーW杯イギリス大会で南アに勝ったときほどではないものの、わたしも世間並みに歓喜した(2戦目で台無しにしてしまったが)。しかしこんなことをいいだせば、どんな時でもおなじだろうけど、世界にはW杯どころではない人がたくさんいる。

 現在でいえば、ウクライナの惨状がそうだ。そういうことを少しでも考えると、手放しで喜びに浸ることができなくなる。わたしは世間の昂揚に水を差すつもりはないが、自分で自分に水を差してしまう損な性分である。まあ、損とは思ってないが。

撮影のときにだけ、病のことを忘れ熱中できた

 昨年の5月、映像作家保山耕一(ほざんこういち)氏のYouTubeの動画「奈良、時の雫」シリーズにふれて、「静謐で美しい」とか「騒々しい世の中からのささやかな避難所」だ、などと書いた。

静謐で美しい…保山耕一「奈良、時の雫」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65169

 もう一度簡単に保山氏の経歴を紹介しておこう。氏は1963年東大阪市生まれ、現在59歳である。テレビカメラマンとして「THE世界遺産」や「情熱大陸」などを手掛ける第一線のカメラマンだった。しかし2013年、50歳のときに直腸がんで倒れた。末期だった。直腸を全摘し、その後も闘病生活がつづいた。

 やむなく職を辞した。好きだった奈良に帰った。孤独と絶望しかなかった。ふとスマホで動画を撮ろうと思った。「奈良にさよならをするつもり」で撮りはじめた。一番好きな春日大社の飛火野を撮っていた。その時だけ病のことを忘れ、熱中することができた。

 それが2015年、映像詩「奈良、時の雫」シリーズのはじまりだった。現在、奈良の風景だけを撮影したシリーズは1000回を超える膨大な作品群となっている。

※「奈良、時の雫」YouTube再生リストはこちら
https://www.youtube.com/playlist?list=PLS5Pw7C3Z4tCwQ10as2VF9Q-6Du_hWEpF

 ただ、わたしがそのシリーズを見始めたのは、3年前の2019年からである。当初からのファンではない。きっかけは、NHK-Eテレの「こころの時代 命の輝きをうつす」という番組を偶然見たことである。もしそれを見ていなければ、わたしはいまでも保山氏を知ることはなかっただろう。わたしはこんな人がいたのかと思い、またYouTubeにこんな美しい映像があったのかと、たちまち魅了されたのだった。

YouTube映像「奈良、時の雫」シリーズ(保山耕一)の最初の作品「藤が咲いた日、春日大社」から(https://www.youtube.com/watch?v=pJjUVJxFUpI

 しかしそういう映像からは想像できないほど、氏は現在までのほぼ10年間、身体的・精神的かつ経済的に苦しんでいたのである。保山氏が陥っていたそのような環境に対してわたしは、大変だろうな、よく耐えているな、と通り一遍の薄っぺらい同情をしただけである。そんな氏の過酷な現実よりも、わたしはただ自分の側からの一方的な思い込みだけで、かれの映像を見ていたのである。