泡と消えた「停戦合意」の可能性

 戦争開始後、3月頃にはロシアとウクライナの間で、かなり具体的な停戦案がまとまりかけたことがある。その案には、二つの重要な柱がある。

 第一は、ウクライナはNATOに加盟しないということである。ウクライナは、「NATOに代わる安全保障の枠組みができれば、中立化を受け入れる」と明言していた。「中立化」とは、具体的にはウクライナ国内での外国軍の駐留や基地は認めないということであり、また核兵器など大量破壊兵器は保有しないということである。

 しかし、NATOの軍事支援が拡大していけば、ウクライナは、事実上NATO加盟国のような立場になるのは明らかであり、それはロシアが絶対に容認できないことである。

 第二がクリミアの帰属問題である。これについては、ウクライナは15年間かけて議論するとし、いわば「棚上げ」にすることに合意した。

 しかし、その後、ブチャで民間人が虐殺されたことが明るみに出て、この妥協案は雲散霧消してしまった。

 欧米の支援によって反転攻勢が成果を上げている今、ウクライナはロシアの支配下にある東南部4州のみならず、クリミアを奪還することに戦争目的を拡大しており、それが実現しないかぎり停戦はしないという立場を鮮明にしている。それは、ドネツク、ルハンスクの東部2州やザポリージャ、ヘルソンの南部2州に加えて、2014年のクリミアの併合という既成事実をも覆すことになる。

 親露派勢力がロシアの支援の下に樹立したドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国は、ウクライナ政府と激しい内戦を繰り広げてきた。それを見かねて、最初はOSCE(欧州安全保障協力機構)が、戦闘を終わらせるために、2014年9月5日に当事者に呼びかけて、停戦を成立させることに成功した。これがミンスク議定書である。

 しかし、その後も戦闘は続き、より多くの国が参加して監視する停戦体制が不可欠となった。そこで、今度はドイツとフランスが仲介役を買って出て、2015年2月11日にウクライナとロシアの間で、ミンスク合意(ミンスク2)が成立した。具体的には、無条件の停戦、捕虜の解放、最前線からの重火器の撤退、東部2州に自治権を与えるための憲法改正などが決められたのである。

 この合意の後も、戦闘は止むことなく、ウクライナ政府と親露派武装勢力は、お互いに相手が停戦合意に違反する行為を実行していると非難し続けている。