前回記した通り、石炭を筆頭に古生代から化石資源に恵まれたアゾフ海に注ぐ河口扇状地ドンバスをロシアが再びウクライナから掠め取るのに、プーチンは暴力団の「占有」同様の手口で、国内で微妙な存在を「徴兵」し、軽装備で送り込み続けるでしょう。
病者、あるいは犯罪者やロシア連邦内で数を減らしていきたいと考える微妙な少数民族(こうした人々を一緒に扱うことがそもそも間違いです)、プーチン戦争指導部が考える「持久戦」は、こうした「鉄砲玉」をスニーカー履きの軽装で送り込み、手には20世紀前半の化石のような武器しか持たせず、これでは高々現地民のジェノサイド程度しか引き起こせない。
それでも「何万人のロシア兵が命を落とした」とすれば、その分「ウクライナ民族主義者は死をもって贖わなければならない」という、ヤクザの抗争もかくやという「血のバランスシート」が堂々と主張される。
こうしたやりとりを、経済学者の岩井克人さんは「象徴交換」と総括されます。
本稿はすでに十分長くなっているので、これについては別の機会で具体的に取り上げたいと思います。
やくざの「鉄砲玉」同様、最前線に投入すれば一定の割合で「消費」されていく。
消耗した分、さらに連邦内の体制にとっては微妙な層を、年齢関係なしに兵に仕立てて「強制徴用」すればよく、「象徴交換」相当分でウクライナで市民粛清しても「血のバランスシート」という象徴交換でストーリーは成立する。
だから、スニーカーにライフル銃の最小限の戦費でも1年くらいは余裕で保たせられるだろう・・・というプーチン流「虐殺遊戯」のホイジンガ的構造が透けて見えてくるわけです。
「独ソ戦のナチス」同様の末路
では、そんなプーチンの「侵略遊戯」の末路は、どうなるのでしょうか?
ここに記す一つの予想は、ナチス・ドイツのソ連侵攻と同様の末路、というものです。
本連載でもすでに触れた、フィンランドの対ソ善戦で「ソ連軍恐るるに足らず」と踏んだヒトラーはポーランドからウクライナ、コーカサス、カスピ海に至る広大な版図をロシアから奪い取り、古代マケドニアのアレクサンダー大王もかくや、という「第三帝国」の妄想を胸に「バルバロッサ作戦」を開始します。
1941=昭和16年6月に切られた先端は、1943年7月、キエフ(キーウ)とモスクワの中間に位置する「クルスクの戦い」でソ連軍が巻き返すまでは、ドイツ軍が一方的に押すばかりでした。
モスクワを目の前に夏場の戦闘で膠着状態に陥ったヒトラーは「クルスクのことを考えると胸が悪くなる」と述べたと伝えられます。