空中給油を受ける米軍の「F-35B」戦闘機(2月4日、米海兵隊のサイトより)

 ロシア軍約10万人がウクライナ国境付近に集結し、NATO(北大西洋条約機構)がウクライナ支援を表明するなど、ロシア軍によるウクライナ侵攻の危機が報じられている。

 しかし、本当に戦争が起こりうるのか、ロシアとウクライナ・NATO双方の開戦動機と国力、戦力比較から見て、その可能性を冷静に分析する必要がある。

緊張が高まった根本的原因:
NATOの東方拡大否定は約束されたのか?

 1989年末の米ソ・マルタサミットでは、冷戦の終結が謳われ、その前後にNATOは「軍事同盟」から「国際同盟のための政治的枠組み」に変更したとされた。

 すなわち、ソ連(後にロシア)を敵とはみなさない新たな「ヨーロッパ全体の安全保障機構への発展を目指す試みへと繋がっていった」(金子譲「NATO東方拡大―第一次拡大から第二次拡大へ―」『防衛研究所紀要』 第6巻第1号(2003年9月)55~69頁)。

 その後ロシアは、NATO側が、1990年ドイツ再統一に際し、NATOの東方拡大はしないと約束したがその後約束を破ったと主張している。

 ウラジーミル・プーチン大統領は直近では、2021年12月23日の年末恒例の大記者会見で、NATOはソ連崩壊後、5回にわたって新規加盟国を増やし、「臆面もなく我々をだました」「そんなこと(拡大)はしないでくれ、そんなことはしないと約束したではないかと、我々は言った。ところがそんなことがどこに書いてあるのか、どこにもないではないか、それでおしまいと言うのだ」と述べた。

 これに対しアントニー・ブリンケン米国務長官は2022年1月7日、ワシントンでの記者会見で「NATOが新規加盟国を受け入れないと約束したことはない」と明言した。

 双方の主張は真っ向から対立している。どちらが真実かについては、最近解除された公文書により以下の発言が明らかになっているが、いまだに論争になっている。

 1989年11月9日、ベルリンを東西に分けていた壁が崩壊、ドイツ再統一の可能性が真実味を持って語られ始めた。同時にそのドイツとNATOとの関係をどうするかが大きな問題として浮上した。

 最初に発言したのは、西ドイツのハンス・ディートリヒ・ゲンシャー外相だった。

 1990年1月31日、バイエルン州トゥッツイングで演説した際、東欧の変革とドイツ再統一がソ連の安全保障利益を損なうことがあってはならず、「NATOは東への領域拡大を排除すべきだ。すなわちソ連国境に近づくようにすべきではない」と述べた。

 続いてジェームズ・ベーカー米国務長官が1990年2月9日、ミハイル・ゴルバチョフ・ソ連党書記長と会談した際、統一ドイツがNATOの加盟国としてとどまれるなら、「NATOの今の軍事的、法的範囲が東方に1インチたりとも広げないと保証することが重要だと思っている」と述べた。

 米国もドイツもほかの主要西側諸国もドイツ再統一に対するソ連の同意を得るために、ソ連の安全保障に配慮することを示す必要があり、ベーカー、コール、ゲンシャーのほか、当時、ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領を含めソ連首脳と接触した米欧首脳はこぞって基本的にベーカーらの発言を支持したことが分かっている。

 ゴルバチョフに対するそうした働きかけの成果が1990年10月3日の再統一となって結実した。

 公文書を研究した米国やドイツの研究者もNATOの東方拡大の約束はあったとの研究結果を発表している。

 しかし、ベーカー国務長官が1インチたりとも「東方(eastward)」に拡大しないと言った時の東方とは東ドイツ部分のことで、東欧諸国を念頭に入れていたわけではないという米国の研究者の反論もある。

(独統一の際、NATO東方不拡大の約束はあったのか:https://news.yahoo.co.jp/articles/fd8419415de12d4b2a9fd356d376f5e4104d5831)。

 以上の経緯から見れば、ベーカー発言の解釈が争点となっているが、統一ドイツをNATO加盟国として留まらせるためにはNATOを東方拡大させないことを約束することが必要とされている。