コロナ禍に伴う対応の結果、先進国で最悪水準にあった政府債務はさらに膨れあがっている。財務省の矢野康治財務次官が月刊誌への寄稿を通して政府債務の増大に警鐘を鳴らしているが、与野党ともに、給付金の支給や国債の増発を厭わない姿勢を見せており、名目GDPに占める政府債務残高はさらに悪化することが確実だ。
増え続ける政府債務と傷ついた経済の再生について、アベノミクスの立役者の一人であり、『21世紀の経済政策』を上梓した経済学者・浜田宏一氏に話を聞いた。(聞き手:長野 光、シード・プランニング研究員)
※記事の最後に浜田宏一さんのインタビュー動画が掲載されていますので是非ご覧下さい。
──先日、財務省の矢野康治事務次官が「文芸春秋」に、衆院選や自民党総裁選における政策論争を「ばらまき合戦」だとする寄稿をしました。矢野さんの「ばらまき合戦」という主張に対して、浜田先生はどのような印象をお持ちになりましたか。
浜田宏一氏(以下、浜田):私は内閣府経済社会総合研究所長(ESRI)や内閣官房参与などを務めた時、政治と自分の専門知識にギャップを感じて、悩んだこともありました。そういう意味では、矢野次官の気持ちはよく分かります。
ただ、矢野さんの論文にはいくつか間違いがあります。日本は「大借金国」ではありませんし、日本政府は自国通貨を発行しているので破産することはありません。
【参考記事】
◎「このままでは国家財政は破綻する」矢野康治財務事務次官が“バラマキ政策”を徹底批判(https://bunshun.jp/articles/-/49082)
もちろん、インフレになれば人々の所得配分への影響は大きい。特に、金融資産を多く持つお金持ちには、インフレによるマイナスの影響が大きい。庶民も生活必需品の物価が上がれば、生活はより厳しいものになるでしょう。
ただ、財政均衡という考え方は、今や学説的にも古くなりつつあります。国債を発行するとそれが将来世代の借金になるというのは、政府と民間で資金をどう配分するのかという、言わば国内の内輪の仕組みの話に過ぎません。
日本国民全体が豊かになるためには、教育を受けた労働者を将来的にきちんと確保すること、そして、そういう人たちがどうすれば効率よく生産することができるのか、それを考えることが重要です。
2008年から2009年のリーマン危機の際、米英は大胆な量的金融緩和で対処しました。ここで、日本銀行(日銀)も金融緩和で対抗すべきでしたが、金融緩和を十分にしなかったために、急速で激しい円高に襲われました。その結果、日本経済の落ち込みは、経済規模に比べて、リーマン危機の震源地より大きなダメージを受けることになりました。
「国債の発行を自制しよう」「政府債務が多いのだから、定額給付金のような『ばらまき』はやめよう」という矢野さんの考え方は理解できます。けれども、今はコロナ禍で人が亡くなり、経済が動かなくなっている非常時。ゼロ金利政策が長期化し、金融政策だけでは失業や物価の下落が防げなくなる危機が迫っています。
極端なインフレにならない程度に、困っている人や将来、労働者になるような若い人を積極的に財政支援すること。そして、インフレによる弊害に歯止めをかけながら、財政や金融を必要以上には引き締めないこと。それが、これから必要な知恵だと思います。