近年の日本では、毎年のように「線状降水帯」がニュースになり、大型台風による河川の氾濫や家屋などへの浸水被害が各地で発生している。日本人にとって、水災害は地震と並ぶ危機になっているのは間違いない。
『生きのびるための流域思考』(ちくまプリマー新書)の著者である岸由二氏(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング代表理事、慶應義塾大学名誉教授)は、進化生態学の研究者として知られる一方、自身の研究とは別に、神奈川県を流れ東京湾に注ぐ鶴見川の治水や自然保護活動、水防災文化の育成に携わってきた。
温暖化豪雨時代を生きのびるためには、県や区といった行政単位ではなく、人間の暮らしを「流域」という地形や生態系から捉える必要がある。日本の治水は、まさに今がターニングポイントであり、これからの治水の責任は流域のあらゆる主体に委ねられている──。そう語る岸氏に話を聞いた。(聞き手:松葉 早智、シード・プランニング研究員)
※記事の最後に岸由二氏の動画インタビューが掲載されていますので是非ご覧ください。
限界に達した省庁縦割りの治水
──本書のタイトルにもなっている流域の意味と、流域思考が重要だとお考えになる理由を教えてください。
岸由二氏(以下、岸):流域とは雨の水を集めて川にする地形、生態系のこと。具体的に言えば、降った雨がどの川に流れ落ちるかを左右する境目である少し高い尾根(分水界)に囲まれた窪地のことです。
川の流域には生き物や人間の生活がありますから、単なる地形ではなく生態系でもある。その地形や生態系を基に、治水や防災を含めた自然と共存する、安全で豊かな暮らしを工夫していくこと、それを私は「流域思考」と言っています。
地球の気候変動や温暖化の影響で、特にここ7、8年は、大規模な水土砂災害が日本の各地で頻発しています。でも、氾濫を引き起こしているのは川ではなく流域です。降った大量の雨の水を、流域という地形や生態系が水土砂災害に転換するんです。
──現在は流域思考を基にした治水、防災の政策作りは行われていないのでしょうか。
岸:2020年7月、大きな方針の転換がありました。国土交通省の河川分科会が、流域全体をしっかりと中心に据えて水土砂災害の対策をするという「流域治水」の方針を発表しました。
水土砂災害を防ぐためには、緑を残して保水力を維持する必要があります。しかし、例えば国土交通省の河川部局は川についてしか発言権がないので、川の水をあふれさせて田んぼに貯めてくれ、とは言えない。農水省と都道府県知事が、あふれた水を水田に溜めてくださいと言う必要がある。省庁、課、都道府県を超えた対策が必要なんですね。
これまで日本の治水は、河川法と下水道法によって河川や下水道の管理者の責任で行われてきました。しかし近年は、線状降水帯といわれる大雨などのために、あらゆる場所で氾濫する危険が高まってしまった。もう河川法と下水道法だけでは対応しきれなくなった、という判断をしたということです。