京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、日本の場合、「ファクターX」(遺伝的要因、交差免疫、BCG接種、生活習慣など色々考えられるがまだ特定できず)によって従来型コロナウイルスから守られ、欧米のような厳しいロックダウンをせずに済んできたが、変異ウイルスには太刀打ちできないと述べている。その日本で今、より感染力の強い変異種であるデルタ株が爆発的に蔓延している。しかし、病床や医療スタッフの確保が実際にはできておらず、ロックダウンも行っていないので、医療崩壊が起きるのは必然だと言える。

 日本以外で「ファクターX」が存在する可能性がある中国、韓国、台湾、ベトナム、シンガポールなどは、日本より厳しいコロナ対策を行い、人口比で見ても感染者数や死者数は日本よりはるかに少なく抑えている。英国やフランスでは規制に違反しても、外国人でも罰金を払えばすむ(パリ在住の日本人はバゲットを買いに外出した際、必要書類の不携帯で135ユーロの罰金を科され「世界一高いバゲットになった」と嘆いたという)。しかし、シンガポールではコロナ規制に違反して他の世帯の人間と会話・飲食をした12人以上の外国人が国外退去処分になっている。

コロナとの共生開始

 英国は18歳以上の成人の75%超がワクチンを2回接種しており、7月19日にロックダウンの行動規制をほぼすべて撤廃し、レストランや商店も通常営業に戻った。新型コロナの1日の感染者数は、7月17日に5万4183人に達したが、その後、2万8000人程度まで減った。医療崩壊の懸念はないが、一時期待が高まった集団免疫の成立はデルタ株の蔓延で遠のいた。

ロンドン中心部レスター・スクエアの芝生で憩う人々。屋外ではマスクをしていない人が多い(筆者撮影)

 行動規制が撤廃されたと言っても、公共交通機関や商店内ではマスク着用がサービス提供者側から求められ、半分以上の人たちがそれに従っている。高齢者のマスク着用率は今もほぼ100%である。

顧客にマスク着用を求めるスーパーマーケットの看板(筆者撮影)

 コロナ・シフトで一時しわ寄せが行き、手術待ちの患者が増えたNHSも、状況が落ち着いてきている。元々NHSは、どんな疾患でもまずGPに診てもらい、紹介状をもらい、アポイントメントをとって専門医のところに行かなくてはならない。時間がかかるので、疾患が慢性化してしまうこともある(大けが、心臓や脳の発作、網膜剥離といった緊急事態は例外で、救急車を呼び、病院の救急外来に搬送してもらう)。

 評判が悪いNHSではあるが、コロナ禍のような非常事態では前述のとおり威力を発揮する。コロナ・シフトだけでなく、個々人の健康状態をGPが把握しているので、高齢者とともに最優先された基礎疾患がある人たちへのワクチン接種の案内も確実に行われた。

 筆者は昨年上梓した『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA刊)の中の一編「病院買収王」の取材で、日本のある病院グループの経営者をインタビューした際「英国の制度が羨ましい。GPが最初に患者さんを仕分けしてくれて、必要な人だけが専門医にかかる。日本は大した疾患でなくてもいきなり高度医療を提供する大病院や大学病院に患者がやって来るのでかなわん。もっとけしからんのは、医者が少なくて大変な土日に、空いてるだろうと思ってやって来る患者で、こういうのはもう来るなと言いたい」と嘆いていたので、医師の視点と患者の視点は180度違うのだなと思わされた。

 日本では特に勤務医が安い給料で酷使され、彼らの献身的な自己犠牲によってコロナ禍の医療も支えられている。サステイナビリティという観点からは、限界に達しつつあり、やはり抜本的な対策が必要だろう。「日本は民間病院が多いから、英国のようにはいかない」ではもはやすまされない。現に英国は6つのナイチンゲール病院を設置し、民間の病院から病床や医療スタッフの提供を受ける契約をしっかり結んでいる。要は本気度の問題だ。