しかしそうしたなか、ひとり大谷少年の心を占めていたのはこういう思いである。「“誰もやったことがないことをやりたい”という気持ちがすごくあります」。また大谷には佐々木監督から教えられた言葉があった。「先入観は可能を不可能にする」である。大谷の好きな言葉だという。二刀流は無理という決めつけは、みんな先入観にとらわれているのではないか。また監督からは「“楽しい”より“正しい”で行動しなさい」といわれた。その「正しさ」で自分を律する。佐々木洋監督という存在は、大谷翔平にとって非常に大きな人だった(『不可能を可能にする 大谷翔平120の思考』)。

 大谷翔平にとってお金は二の次である。高級時計や高級外車などには興味がない(シンシナティ・レッズの秋山翔吾とおなじである。好ましい)。酒もほとんど飲まないらしいし、お姐ちゃんたちのいるクラブなんかにも行かない(と思う)。ひたすら世界一の強い野球選手を目指して精進することにしか興味がなさそうである。伊達や酔狂で二刀流を貫きとおすことはできない、ということを知っているのだ。

 2017年、ある「縁」を感じてロサンセルス・エンゼルスと契約したとき、あと2年も待てば200億円になったのに、もう一刻も待てず、メジャー最低保証額の54万5000ドル(約6000万円)で契約をした。その話を聞いたとき、わたしはまだこういう純粋な若者がいたのかと感動した。猫も杓子も小学生までもが、一攫千金を狙ってユーチューバーになりたがる時代である。ロバート・ホワイティングは、「カネに執着せず、野球で世界一になるためにメジャーにやって来た大谷は、誰よりも米国人のハートをつかんだ」と書いた(『なぜ大谷翔平はメジャーを沸かせるのか』)。

 日本では、大谷みたいなまじめで礼儀正しく自分の原則をもっているような人間にたいして、揶揄する傾向がある。往々にして、自分はただの半端ものにすぎないくせに偽悪を気取って、アイツは優等生すぎておもしろくないねえ、などとケチをつけたがる輩が出てくるものである。しかし大谷のすさまじい業績を前にしてはグウの音も出ない。人間性にたいして嫌味をいうことはできても、かれが成し遂げつつあることの偉業が、ふつうの人間的価値を圧倒的に超えていて、なにもいえないのである。

 MLBオールスターゲームのホームランダービー(本塁打競争)は残念ながら初戦敗退に終わった。まあ勝負は時の運である。

 このホームランダービーを辞退をする選手が少なくないと聞く。力みすぎてフォームを崩し、後半の試合に影響が出るというのだ。ホームラン王を競っているブルージェイズのゲレーロ・ジュニアが辞退しているのはそのためだという(大谷との対決が楽しみだったメッツのデグロム投手もオールスターを辞退した。理由は家族と過ごしたいという別の理由だったが、オールスターは無二のものではないということだ)。

 あしたはオールスター戦の本番だ。大谷翔平が投打でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみだが、なによりかれが無事にオールスター戦を終えることを祈る。