大きな武器になった電子化された行政
英国のワクチン接種がスムーズに推進されたもう1つの要因が、進んだ行政の電子化だ。
筆者は以前、2001年に粉飾決算で破綻した米エネルギー企業エンロンについてのノンフィクション・ノベル『青い蜃気楼~小説エンロン』を書いていて、米国ではすでにその時点で、裁判所に対する破産手続き開始の申請書類の提出が電子化されていたのに驚いたことがある。現在、日本で、裁判所関係の書類で電子化されているのは、簡易裁判所の督促手続きくらいなので、残念ながら20年以上米国に後れをとっていることになる。
英国では税務申告手続きなども完全に電子化されており、筆者は2010年に英国の国税当局の税務調査を受けたが、その時も、領収証や銀行の取引明細といった関係書類の提出は、すべてスキャンしてPDFファイルで送り、先方との話し合いもすべてメールと電話で、互いに顔を見ることもなかった。
ワクチン・タスクフォースの長を務めたケイト・ビンガム氏は、ロンドン市内にも住まいを持っているが、家族と住む家はウェールズの自然豊かなワイ・ヴァレー(Wye Valley)にあり、ほとんどそちらにいて、タスクフォースの仕事はZoomを活用してやったそうである。
接種の予約も完全電子化
英国では必ずNHS傘下のGP(General Practitioner=家庭医・総合診療医)に登録することが必要で、病気にかかると、最初にGPに診てもらい、そこから専門医を紹介してもらわなくてはならない。日本に比べて面倒で時間も余分にかかるシステムだが、日本で病院のカルテの電子化率が46.7%であるのに対し、英国は100%である。これが今回奏功した。
英国のワクチン接種は、医療・介護従事者、80歳以上、介護施設入居者などが最優先され、次に70歳代と基礎疾患(高血圧、糖尿病、がん、呼吸器系等)のある人が対象になり、その後、5歳刻みで対象年齢が下げられ、今は44歳まで下がった。各GPは、カルテのデータから基礎疾患のある人を抽出し、電話やテキストメッセージで個別に「ワクチンの接種ができますよ」と連絡を入れたのである。同時にNHSが、全対象者にワクチン接種の案内状を送った(従って、基礎疾患のある人には二重で連絡が行った)。
接種の予約も完全に電子化されている。まずパソコンやスマートフォンでNHSのウェブサイトにアクセスし、NHS登録番号、生年月日、郵便番号などを入れ、健康状態に関する問診票にチェックを入れて回答する。次が接種会場の選択で、トイレの有無、点字による表示の有無、車いすの有無など、自分が必要とする設備について選ぶと、自宅から半径5マイル(約8キロメートル)以内にある接種センターが10か所ほど表示される。サイトには「必ず2回目の接種も予約して下さい」と書いてある。なお、GPに電話して予約することも可能である。