羽生善治は通信科に編入

 同じ中学生棋士だった羽生善治九段(50)の高校生活についても紹介しよう。

 羽生は1985年(昭和60)12月、15歳2ヵ月で四段に昇段して棋士になった。そして「幅広く知識を広げて、世の中のことをもっと知りたい」という思いから、翌年の春に実家に近い都立富士森高校(八王子市)に進学した。

 高校時代の3年間は、公式戦で勝ちまくっていたので、なかなか通学できなかった。関西で深夜まで対局した翌朝、始発の新幹線に乗って帰京して学校に行き、授業中は疲れ果てて席に座っているだけ、ということもあった。

 羽生はそれでも高校に通い続け、学校の行事にもできるだけ参加した。修学旅行は秋田県と岩手県にまたがる八幡平に行き、スキーを初めて覚えた。

 しかし、学業と将棋の両立はやはり難しかった。一般教科の試験は持ち前の記憶力で乗り切ったが、出席日数不足によって卒業の見込みはなかった。羽生はそんな状況において、自分で調べて通信制のカリキュラムを見つけた。そして都立上野高校通信科に編入し、単位を何とか取得して卒業を果たした。

 羽生は「棋士の道程は長い。将棋以外のことを経験しておいて良かったです」と後年に語った。

 羽生と藤井は、ともに中学生で棋士となり、それぞれの考えで高校に進学した。高校生活の終わりは、編入と退学で違っていたが、自分の信念で判断を下したことは共通している。