(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
前回も報告したように、3月4日、韓国の尹錫悦検事総長が辞意を表明し、これを文在寅大統領は「待っていました」とばかりに、直ちに辞任を受け入れた。それまで露骨な「検察潰し」に出ていた文大統領に徹底抗戦の構えを取ってきた尹総長の辞任は韓国社会に大きなインパクトを与えたが、尹氏辞任の経緯を見ると、どうやら次の大統領選挙への出馬を決意しての辞任のように思われる。
(前回記事)検事総長が抗議の辞任、韓国を蝕む文在寅の左翼独裁
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64364
「文在寅政権の横暴に抗議した尹錫悦」という強烈なイメージ
尹総長を辞任に追い込んだのは、与党「共に民主党」が発議を予定している重大犯罪捜査庁(以下、重捜庁)の設置が現実になると、検察の捜査権が完全に奪われることになるからである。重捜庁は、検察に残されている腐敗、選挙、経済など6つの重大犯罪の捜査権を奪い取る目的の組織である。これによって検察は「起訴」と「裁判の管理」だけを扱う組織に格下げされることになる。
検察の捜査が政権中枢に及びかねない事態になったことで、尹総長は文在寅氏にとって最大の敵となった。その文在寅氏の意向を汲み、前法務部長官の秋美愛(チュ・ミエ)氏は尹総長追い落としを図ったが、これは失敗に終わっている。
一方で、野党「国民の力」に有力な次期大統領候補がいない中、世論調査において尹総長は、反与党系の人物の中で最も高い次期大統領候補の支持率を得てきた。今回の尹総長辞任劇は、その尹錫悦氏に次期大統領候補として本格的に動き出すきっかけを与え、反文在寅の旗頭としての地位につけたとも言える。現に8日発表された世論調査(5日実施)では、次期大統領としてふさわしい人の第1位が尹錫悦で32.4%を獲得、前回調査から17.8%上昇した。第2位は李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事で24.1%となっている。尹錫悦氏急進の要因としては出馬するか否かの不確実性が取り除かれたからであるといわれている。
尹錫悦氏が次期大統領候補として野党系の代表となりうるかは今後の成り行きを見極める必要があるが、今回の辞任劇は「検察を完全に無力化し、政権に対する不正追及ができない体制に貶め、政権を聖域化した文在寅、そしてこれに抗議した尹錫悦」というイメージを世間に強烈に印象付けた。これは、今後の尹錫悦氏の次期大統領選挙に向けての活動を強く後押しすることは間違いないだろう。