ソ連末期の混乱を知らない世代の増加が意味すること

 それにこの10年間、ロシアの経済は原油価格の低迷や欧米からの経済制裁を受けて停滞しているが、社会は最も安定していたといっていい。ソ連末期からの社会の混乱を知る世代にとって、プーチン大統領は頼もしいリーダーであり続けている。プーチン大統領および与党・統一ロシアの支持者にはそうした中高年、つまり保守層が多い。

 他方で、ソ連崩壊から30年が経過したことにより、ソ連時代を知らない若者も着実に増えてきている。少なくない若者が、プーチン大統領による強権的な政治運営に不満を持っている。彼らの不満はこれまでも散発的な反政府デモという形でくすぶっていたが、ナワリヌイ氏に対する政権の扱いを受けた爆発することになったのだろう。

 ロシアの識者の中でも、こうしたソ連を知らない世代による反政府運動がプーチン大統領に対する不満を反映した動きであるのか、それともナワリヌイ氏を支援する動きであるのか、見方が分かれているようだ。いずれにせよプーチン政権は警戒感を強めており、強硬な手段でナワリヌイ氏や反政府運動に対抗している。

 ソ連崩壊の引き金は軍によるクーデター(1991年8月)だったが、そのクーデターを失敗に終わらせたのは首都モスクワを中心に行われた市民のデモであった。それ以前に帝政ロシアを崩壊に導きソ連建国の礎を築いたのも、市民によるデモであった。プーチン政権が反政府デモに厳しい立場をとるのは、こうした歴史的経緯があるからだろう。

 とはいえ、ソ連を知らない世代が増えたことで、プーチン大統領の神通力が徐々に弱まっていることは確かといえそうだ。一方で、ロシアという複雑な背景を有する国を束ねることができるリーダーがほかに見当たらないのも、また事実だろう。ロシアが抱える政治的なジレンマは、われわれが予想するよりもはるかに深刻である。

 そのロシアは2021年9月、総選挙を控えている。自らが終身大統領になるにせよ、2024年の任期満了に伴い後継候補に大統領の座を譲って事実上の院政を敷くにせよ、その正当性を確保するうえで与党・統一ロシアがどの程度の議席を得られるかがカギを握る。つまり、2021年はロシア政治の動向を占ううえでの試金石となる一年だ。

 プーチン大統領がそのまま権力の座に居座り続けることは、権力移行の問題を先送りすることにほかならない。終身大統領への道を拓いたとはいえ、自らの後継者問題がロシアにとって最大の問題であることはプーチン大統領自身が最も認識しているはずだ。ソ連崩壊から30年が経ち、ロシアは再び大きな地殻変動の時を迎えている。