(佐々木 俊尚:作家・ジャーナリスト)
最近、個人的にどうしても気になり、ややもすると許せないと思う風潮がある。太平洋戦争で戦闘以外で死んだ兵士に対して、一部の人たちが「犬死に」「無駄死に」という言葉を使うことだ。
歴史学者、吉田裕氏の著書『日本軍兵士─アジア・太平洋戦争の現実』(中央公論新社)によると、アジア・太平洋戦争における約300万人の戦没者のうち100万人以上が実は餓死だったという。戦争に行きながら戦闘ではなく飢餓や病気で死んだことは確かに無駄な死だったのかもしれない。しかし、戦地で死んでいった人をなんのためらいもなく「無駄死に」と言い放つ感覚には違和感を禁じ得ない。
戦争で死ぬということを、現代の我々はあまりにも他人事のように、適当に語ってはいないだろうか。彼らは何に殉じて、なぜ死なななければならなかったのか。戦争で死んだ人々に対して我々はどう向き合うべきなのか。終戦から75年経ったいま、我々はもう少し考えてみるべきではないのか。
そんな問題意識を抱えていたときに元海上自衛官・伊藤祐靖さんの『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』(新潮社)を読んだ。
伊藤さんは海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の創設に関わった人物である。1999年に、日本海の能登半島沖で北朝鮮の工作船と思われる不審船を海自と海上保安庁が追跡する事件が起きた。その海自のイージス艦「みょうこう」の航海長だったのが、伊藤さんだ。特別警備隊は、この事件をきっかけに創設された特殊部隊だ。
『邦人奪還』は、伊藤さんが自らの体験を基に、特別警備隊の活躍をリアルに描いたドキュメント・ノベルである。たとえば、不審船を武装解除し無力化するという特別警備隊の任務はきわめて難易度が高く、隊員が命を失う危険性も少なくない。任務を完遂できずに命を落とし、場合によっては「無駄死に」と言われかねない可能性も秘めている。
『邦人奪還』から受けた衝撃をラジオで発信したところ、新潮社とJBpressの計らいで伊藤さんと対談させていただく機会を得た。安全保障の最前線の当事者である現場の自衛隊員は、どんな覚悟で任務にあたっているのか。身命を賭して何に殉じようとしているのか。伊藤さんに、そのことを訊ねてみたかった。