パプア州や西パプア州では、インドネシアからの独立機運が高い。昨年は、治安当局がパプア人学生を逮捕・侮辱したことに対してパプア地方各地で抗議活動が展開された。写真は、2019年8月21日、パプア州ティミカでのj元住民らが起こした抗議運動の様子(写真:AP/アフロ)

(PanAsiaNews:大塚 智彦)

 インドネシアの東端、ニューギニア島のほぼ西半分を占めるインドネシア領のパプア地方(パプア州と西パプア州)では長年独立を求める武装勢力と国軍、警察との対立、衝突が続いている。

 2018年12月2日にパプア州の山間部ンドゥガ県で発生した道路建設作業員19人の殺害事件――。犯行はパプア人武装勢力によるものとされているが、現在も容疑者グループは摘発されておらず事件は未解決のままだ。

 この事件の発生直後にジョコ・ウィドド大統領が犯人逮捕と事件の真相解明を求めて出した「大統領命令」がある。実はその命令が、その後にパプア地方で軍や警察によって続くパプア人への不法行為や人権侵害の「拠り所」となっている可能性を「インドネシア法律扶助協会(YLBHI)」パプア支部関係者が指摘していることが分かった。

 現地では軍や警察が、武装勢力メンバーに限らずそのシンパ、無関係の一般市民に対しても一方的な射殺も含む数々の人権侵害事件を起こしているが、彼らにとってはこの時の大統領命令が一種の「免罪符」、「錦の御旗」になっているというのだ。

 7月24日に主要紙「ジャカルタ・ポスト」が伝えたところによると、YLBHパプア事務所のエマニュエル・ゴベイ代表は、現在パプア地方で起きている数々の事件の背景には2018年のンドゥガ県の19人殺害事件が深く関係している、と指摘しているという。

大統領肝煎りの事業だった道路建設で事件

 そもそもの事件を振り返ってみよう。

 2018年12月2日、ンドゥガ県イギ郡の山間部で「トランス・パプア道路」というパプア地方の遠隔地を南北に道路で結ぶ道路建設工事が行われていた。この工事に従事していたスラウェシ島などパプア以外の地方から出稼ぎに来ていた労働者が正体不明のグループに襲撃され、計19人が射殺されるという事件だった。

 パプアでの銃撃・殺害というのは、パプア人と治安当局による対立、衝突という構図が大半のケースである。そうした中、非パプア人多数が一度に殺害されるという事件は暴動やデモの鎮圧などの例外を除くと極めて珍しく、インドネシアでも高い関心を集め、当時は新聞・テレビで大きく報道された。

 この「トランス・パプア道路」の建設構想は地方のインフラ整備を政権の重要課題として掲げるジョコ・ウィドド大統領の肝いり政策の一つであった。さらに、平素からパプア地方でのパプア人の人権問題に理解を示してきた大統領にとっては「地方活性化」とともに「パプア人の生活基盤整備」という重要な位置づけの事業だった。

 それだけに襲撃事件に対するジョコ・ウィドド大統領の憤りは強かった。事件直後、武装勢力が「道路建設にあたる人達は出稼ぎ労働者ではなく、治安当局の関係者であり、地元の既存利益や環境を破壊している」と犯行をほのめかしていたこともあり、彼らを中心とした容疑者の摘発と事件の真相解明を、治安当局に強く指示した「命令」を発したのだった。