17年近くも免疫が維持したSARS回復者も
研究の中で調べているのは、新型コロナウイルスから回復した36人に加えて、過去にSARSから回復した23人と、いずれの感染症にかかっていない37人(感染者と接触もしていない)である。
まず、新型コロナウイルスやSARSに感染して回復した人を見ると、新型コロナウイルスが持つ「ヌクレオカプシド」というタンパク質(NP)に反応する免疫が全員で確認された。ウイルスのボディを構成する主要なパーツに反応していることになる。次に、新型コロナウイルス回復者では36人中5人、SARS回復者では23人中2人が新型コロナウイルスの持つ遺伝子増幅のためのタンパク質(NSP7、NSP13)に反応していた。SARSに感染して回復した人については、実際に流行のあった2003年頃から17年間程度も免疫を維持していたと推定される。新型コロナウイルスとSARSウイルスとの持っているタンパク質が類似しているために、引き出される免疫が共通していたことになる。
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一方で、意外だったのが未感染の人での結果だ。というのも、37人中19人が、やはり新型コロナウイルスの持つタンパク質に反応することが分かったからだ。中でも、8人については新型コロナウイルス回復者やSARS回復者では見られなかった、遺伝子増幅のためのタンパク質(NSP7、NSP13)だけに反応するT細胞も確認された。遺伝子増殖のためのタンパク質は、新型コロナウイルスやSARSばかりではなく、新型コロナウイルスやSARSを含む幅広いベータコロナウイルス属に共通して存在しているパーツであるからだと考えられた。
研究グループが背景として疑ったのが、やはり「交差免疫」の関与だ。研究グループが調べたところ、人の風邪の原因になるベータコロナウイルス属では遺伝子増幅のためのタンパク質(NSP7、NSP13)の類似性が低く、それは理由ではないと見られた。むしろ過去に接触していたウイルスとしては、前述の通り、人以外、動物が持つベータコロナウイルス属と推測している。筆者は過去の記事で指摘したが、ベータコロナウイルス属には、牛や馬、豚、ネズミ、コウモリなど複数の動物に固有のタイプが存在する。そこに答えがある可能性もある。
この研究から遡る5月には、米国ラホヤ免疫研究所のグループも、新型コロナウイルスに感染していない人で、新型コロナウイルスに反応できるT細胞を持つと報告していた。このときは風邪の原因となるコロナウイルスを疑っていたが、シンガポールの研究を踏まえれば、正体は動物かもしれない。そこはさらなる検証は必要になる。
いずれにせよ、指摘できるのは、繰り返しになるが、抗体とは対照的に、T細胞を見ると、「感染の痕跡」がしぶとく残るという事実。SARS回復者で17年程度も免疫が維持されたのは象徴的であり、未感染でもT細胞を長期維持されていたのは意義がありそうだ。
ウイルスから身を守ってくれるのかまでは未知数とはいえ、こうしたT細胞こそが免疫パスポートにつながってくる可能性も考えられる。新型コロナウイルスを制圧する道程を考えていく上で、わずかに見える光明がここにはある。