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香港で行われた「国家安全法」導入に抗議するデモ(2020年6月1日、写真:ロイター/アフロ)

(文:樋泉克夫)

 香港という「金の卵を産む鶏」の首は、いま何本かの手で掴まれている。

 そこにはドナルド・トランプ米大統領も、過激な街頭行動で反中・民主化を訴える香港の若者も加わっている。

 もちろん最も強い力で掴んでいるのが中国の習近平政権だが、このまま力を加え続けるなら、鶏は窒息してしまう。かりに習政権が握っている力を緩め、あるいは手を離したとしても、瀕死の鶏を救う道は簡単には見つからないだろう。

 1年前に激発した反「逃亡犯条例改正案」運動、いや2014年秋の「雨傘革命」から始まった反中・民主化運動の一方、5月28日の全国人民代表大会(中国の国会に相当)における「香港版国家安全法」制定方針決定から、6月4日の香港立法会(議会)における国歌条例案(中国国歌への侮辱行為を禁ずる)の可決に至るまでの一連の中国・香港政府の動きを振り返るなら、民主化だけが瀕死の鶏を救える唯一無二の“特効薬”になるとも思えない。

香港は常に受け身の立場

 香港は内外二重構造の上に成り立っていると考えられる。1842年の南京条約で清国から切り離され、イギリス殖民地となって以来、香港が背負わざるを得なかった宿命だろう。昔も今も住民の意思にかかわりなく、香港以外の力によって運命づけられてきた。いわば香港は、一貫して自らの意思で自らの進路を定めることができないのだ。

 だが、そのことが香港に「金の卵を産む鶏」の役割を与え続けたとも言える。この構造は基本的には現在も変わってはいない。

 たとえば第2次大戦終結時、日本軍の占領から解かれたものの、香港はイギリス殖民地に引き戻されてしまう。香港住民の意思はアメリカ、イギリス、ソ連の戦勝国が振り回す大国エゴの前には無力だったのだ。戦勝国の仲間入りをしていたとはいえ、蔣介石に率いられていた中国(中華民国)に3大国を動かす力があろうはずもなかった。

 1997年の香港返還は、北京とロンドンの両者間の政治力学によって決定された。返還に向けて行われた一連の外交交渉は香港住民の頭越しで進められ、自らの利益を最優先するロンドンは、香港住民の意思を半ば無視した。極論するなら、香港は体よく北京に投げ売りされたようなものだ。

 中華人民共和国特別行政区となった現在の香港の進路を大きく定めるのは、中国、アメリカやイギリスなど香港に強い利害関係を持つ国々、加えるに香港それ自身の3者だろう。

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