備蓄量が減っているのに「危機対応能力が向上」?

 そもそも備蓄が法的義務を伴って始まったのは、第1次オイルショック時に遡る。

 前掲2019年5月8日付拙稿でも紹介している経済産業省資源エネルギー庁作成の資料『平成28年度から32年度までの石油備蓄目標(案)について』(平成28年5月)によれば、備蓄が始まった以降の主な推移は次のとおりだ。

◆昭和42(1972)年 OECD(経済協力開発機構)勧告を受け、行政指導で民間備蓄開始(60日分)

◆昭和50(1975)年 石油備蓄法制定、民間備蓄を法的義務化(90日分)

◆昭和53(1978)年 審議会報告を受け、国家備蓄開始

◆昭和62(1987)年 審議会より、IEA義務の90日分(5000万KL)を国家備蓄で保有、民間備蓄を軽減(90→70日分)へ、との報告

◆平成5(1993)年 民間備蓄を70日へ軽減、以降継続

◆平成10(1998)年 国家備蓄5000万KL達成、以降継続

 具体的備蓄量の推移をグラフ化したのが、当該資料に付されている次のものだ。


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 一目瞭然だが、備蓄量は1997年をピークに漸減している。消費量が減少しているので、必要な日数分を一定とすると、絶対量は減少するからだ。

 果たしてこれで「危機対応能力」が向上していると言えるのだろうか?

「70日分」で危機対応能力が十分と言えるか

 内容を細かく見てみると、その危うげな実態がよくわかる。

 まず「民間備蓄」は消費量の「70日分」とあるが、これには企業が生産、販売を行う上で滞りなく業務を進められる在庫、いわゆる「ランニングストック」も含まれている。石油会社として「ランニングストック」が何日分必要なのか、筆者は最近の実情を知らないが、次のエピソードが1つのヒントとなろう。

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