醍醐天皇の治世下で右大臣となったものの、その直後、左大臣時平の讒言(ざんげん)により大宰府へ左遷され、その地で没した菅原道真。政争の敗者となった道真は死後「怨霊」として恐れられ、ついには「天神様」として復活を遂げた――。日本大学文理学部教授・関幸彦氏が英雄の「蘇り方」に迫る。(JBpress)
(※)本稿は『英雄伝説の日本史』(関幸彦著、講談社学術文庫)より一部抜粋・再編集したものです。
敗者の復活
敗れし者の記憶、伝説にはそんな側面もあるようだ。政争や戦乱の敗者が伝説を介し、復活・再生する。その蘇り方は決して直線的ではない。多分に屈折した虚像をともなう場合もある。
本書の主題は、この歴史の敗者たちの姿をふくめ、伝説化した英雄たちを語ることにある。歴史にちりばめられた伝説の記憶への追求でもある。
記憶としての伝説が含意するニュアンスはたしかに複雑だ。時代の本質が凍結したまま伝説は歴史の古層に沈殿している。いうまでもなく伝説とは、ある史実が、加工され肥大化されたものだろう。
その限りでは、伝説は時代とともに変化する。史実との距離はむろん遠くなる。本書の目的は、そうした伝説の諸相を語ることにある。本書のバックグラウンドをなす中世は、伝説創成の時代だった。
怨霊伝説しかり、調伏伝説しかり、種々の形態の伝説が顔をそろえる段階といえそうだ。