戦争を知らない世代がつくった「親日罪」

 韓国憲法は、前文で「大韓民国は三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統」を継承するとしている。三・一運動は日韓併合時代の1919年に起こった反日暴動で、そのとき上海に逃亡した李承晩などが亡命政権をつくった。

 この政権には実態がなかったが、1945年に日本がアメリカに負けたとき、李承晩がアメリカから帰国して大統領になった。これはアメリカの保護のおかげであり、満州でパルチザン闘争の実績があった金日成に比べると正統性で見劣りした。

 このため李承晩は「韓国は抗日戦争で勝利した」という神話をつくり、学校で教え込んだ。1952年のサンフランシスコ条約にも「戦勝国」として参加を求めたが、アメリカに拒否された。日本に対しても戦勝国として賠償を求めたため、国交正常化は難航して1965年までかかった。

 このとき韓国は日韓併合条約は最初から無効だったと主張し、戦時中の被害への賠償を求めたが、日本は日韓基本条約で無効になると主張して賠償を拒否した。その結果、日韓基本条約では「(日韓併合条約は)もはや無効である」という玉虫色の表現で、日韓併合の合法性は棚上げされた。

 当時の韓国人にとって朝鮮半島が日本の領土だったことは自明であり、戦後の韓国を支えてきたのは日本占領期の政治家や経営者だったので、親日派を排除して韓国の政治経済を運営することはできなかった。抗日戦争は、冷戦の中で韓国の軍事政権が北朝鮮に対抗するための神話に過ぎなかった。

 しかし慰安婦問題が日韓併合というタブーに触れ、反日感情を刺激してしまった。1ページの表でもわかるように「親日派」を批判する記事が韓国メディアで激増したのは、慰安婦問題がこじれた1990年代後半である。

 戦争経験のない韓国人にとっては、学校で教え込まれた「日帝」の悪行が歴史となり、反日感情になった。2005年に「親日罪」を創設して親日的な言論を取り締まったのは、初めての戦後生まれだった盧武鉉大統領である。

 日本でも戦争を経験した世代は日韓併合の実態を知っていたが、戦争を知らない世代が中国大陸の戦争と朝鮮半島の植民地支配を混同し、2010年の日韓併合100周年のときは「日韓併合は不法行為だ」という署名運動をした。

 このように日本でも韓国でも「戦争を知らない老人たち」が戦争を神話化し、韓国の反日感情に日本のマスコミが迎合して甘やかしたことが、日韓関係の悪化した大きな原因だ。反日は根深い感情ではないので、韓国の若い世代が正しい歴史を学べば解決できるが、その前に日本人が歴史認識を改めなければならない。