メルケル政権が左右の大連立であることも事情を複雑にする。メルケル氏を支えるキリスト教民主・社会同盟の連立相手である社会民主党は、潜在敵国(旧ソ連やロシア)に関与することで脅威を抑止する「東方政策」の考え方を引く。ロシアから天然ガスを直接輸入するバルト海での海底パイプライン敷設計画「ノルドストリーム2」も、その考え方に沿う。トランプ氏はこの計画を批判して「ドイツはロシアの捕虜になっている」と繰り返すが、メルケル氏は計画の中止など考えもしない。エネルギーの安定供給は重大な国益だからだ。
米独の対ロシア認識の足並みの乱れが、軍事同盟の前提を揺さぶっている現実は否定できないのである。
「トランプ流」への抵抗
さて、トランプ氏へのささやかな抵抗を見せたのが、NATO内では異端児でもあるフランスだった。ルドリアン仏外相は4月2日、マース独外相を伴ってニューヨークで共同記者会見を行い、秋の国連総会を機に複数の有志の国々と共に「多国間主義のための連合」を創設する構想を打ち出した。NATOとは直接関係のない提案で、地味でもあるが、ルドリアン氏は「多国間主義と国連を支持する勢力は長いこと沈黙を保ってきたが、それが多数派であることを示したい」と切々と訴えた。
翌4月3日には、NATOのストルテンベルグ事務総長(元ノルウェー首相)がワシントンの米連邦議会の上下合同会議で演説し、紛れもない多国間の枠組みである米欧同盟の価値を雄弁に説いた。母が米メリーランド州生まれで、本人も幼年期をサンフランシスコで過ごした縁があるストルテンベルグ氏は「米国はNATOを通じて多くの友人を作った。それこそが米国の力です」「米国は欧州の平和を支える背骨であり続けている」と強調し、何度も大きな拍手を浴びた。
同時に「我々は理想の世界に住んでいるわけではない。自由主義には敵があり、抑止せねばならない。抑止に失敗したら戦争になる。平和的な抗議がヒトラーを、言葉がスターリンを、対話が『イスラム国』を、抑止できるはずがなかった。平和を願うだけで戦争を抑止することなどできない」と、リアリズムに満ちた言葉で『同盟軽視』を牽制した。
欧州はこの70年、西側から経済統合を進め、冷戦終結後は統合を東方へも拡大した。欧州連合(EU)の下での共通市場を建設し、戦争など想像だにできない世界を築いた。だが、統合の大前提にあったのは、核戦力を含む圧倒的な軍事力を持つ米国が欧州統合を戦略として進め、安保の傘を提供することでドイツの脅威の芽を摘み取ったことだ。周辺を含む欧州は戦後復興への環境を手にした。その役割を果たしたのがNATOだった。冷戦終結後、ポーランド、チェコ、ハンガリーといった旧ソ連の衛星国だった国々が、まずNATOに加盟してからEU統合に参加していった歴史が、それを明白に物語る。