「地方」というのは「都会」との対比で、悪くあるいは低く見られがちだ。人口減少や少子高齢化が加速し、都会と比べた時に分かりやすい豊かさもない。若い人ほど都会へと流れていき、発展の可能性がますます狭まっていく。
僕自身は、地方で生まれ、大学時代と20代を都会で過ごし、今また出身地とは違う地方で暮らしている。少なくとも僕自身は、都会に特段のメリットを感じたことはない。もちろん、今僕が住んでいるのが盛岡市という、地方の中でも中心的な街だからという部分は大きいだろう。
「都会」に住むことに価値を見出せるか
都会に住んでいた頃と比べて、今特に生活の不便さを感じることはない。都会にしかないもの(商業施設やイベントなど)にそこまで固執していなかったし、むしろ映画は以前より観るようになった。都会に住んでいた頃は電車に乗らなければ映画館には行けなかったが、今では自転車で行ける距離にあるからだ。
僕は、今後都会のメリットはどんどん薄れていくのではないか、と感じている。僕が感じる「都会にしかないもの」というのは、突き詰めれば「人の多さ」以外にはない。皆が「都会」に憧れを持ち、そこに何かあるはずと思って人が流入してくる、その状況にしか「都会にしかないもの」を感じることができない。そしてそれは、ライフスタイルの変化や人口減少などによって緩やかに失われていく部分だろうと思う。
そうなったとき、「都会」に住み続けることに価値を見出すことができるのか?
今すぐである必要はない。人生のどこかで「地方に住む」という選択を組み込んでみる機会が訪れるだろう。その参考として、「地方であること」を感じさせる物語を読んでみるのはいかがだろうか。