きっと私は、皆と一緒に快哉を叫ぶことも、大声で怒鳴ることもできないだろう。なぜなら、本書で最も私の心に残ったのは、観察者として事実を書きとめた作家や、慣れ親しんだ日常が制限されることを嘆いた文化人の言葉だったからだ。

“アメリカと戦闘状態に入ればアメリカ映画はみられなくなるというのが私の考え方で、その日私が妻子をともなってみにいったのは三越新宿店の裏手にあった昭和館で、フィルムは『スミス都へ行く』であった。
(本書27頁、野口富士男、原典:「消えた灯──新宿」『いま道のべに』講談社)”

“三時から支度して、芝居小屋のセットへ入ったら、暫くして中止となる、ナンだい全く。
(本書59頁、古川ロッパ、原典:『古川ロッパ昭和日記 戦中篇』晶文社)”

 不安に押しつぶされそうになりながらも、いつもと同じところで同じことをしようとする。しかし、その先々で「ナンだい全く」が立ちふさがるのだ。どこまでいっても自分は、そんな毒にも薬にもならない生き方しかできないのではないか。そう思う。

 勇気がないだけかもしれない。でも、皆と一緒に快哉を叫ぶことができない自分を私は評価したい。多くの人々の運命を変えた、あの日の重々しい言葉の数々に、あなたなら何を感じるだろう。どう受け止めるにしても、新しい視点で戦争に向き合える、これまでになかった一冊であることは間違いない。

吉村 博光
夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。 ほんをうえるプロジェクト TEL:03-3266-9582

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