その後、午前12時半、午後3時、午後5時、午後7時、午後9時のニュースを時系列ではさみながら、山本周五郎、坂口安吾、室生犀星、永井荷風、近衛文麿、斉藤茂吉ら総勢50名を超える知識人・著名人の言葉を年齢順に紹介している。

 重みある言葉を、次々に受け止める醍醐味。異なる口から出た言葉だが、私は一様に「意外性」を感じた。「違和感」とも違う。ただただ、思いもよらなかったのである。ページをめくる手が止まらず、次の言葉に出会いたくて、夢中で読みきってしまった。

 きっと、現代に生きる日本人の多くが、私と同じような読み方をすると思う。そして、読み終わって呆然とするだろう。信じられないことだが、これは人類の長い歴史の中では、ほんの少し前の出来事なのである。

“今日みたいにうれしい日はまたとない。うれしいというか何というかとにかく胸の清々しい気持だ。
(本書15頁、黒田三郎、原典:『黒田三郎日記 戦中篇3』思潮社)”

本コラムはHONZの提供記事です

 課題先送りの現状を思うと、当時のように戦争を「出口」ととらえる未来が、すぐそこに迫っているのではないかと不気味な思いに襲われる。しかし、どんなに閉塞感が高まっても、そこにだけは出口を求めてはならないのだ。当時も、この点で覚醒していた気骨ある知識人がいた。

“僕は、アメリカとの戦争が始まったとき、二、三の客を前にしながら、不覚にも慎みを忘れ、「ばかやろう!」と大声でラジオにどなった。
(本書79頁、金子光晴、原典:講談社学芸文庫『絶望の精神史』)”

“清沢は「けさ開戦の知らせを聞いた時に、僕は自分達の責任を感じた。こういう事にならぬように僕達が努力しなかったのが悪かった」と、感慨をもらした。
(本書86頁、清沢洌、原典:『文壇五十年』正宗白鳥・河出書房)”

 いまも戦争反対は一般論だが、戦争経験者は減り、気骨ある政治家も少なくなった。そんな状況では、閉塞感が一定水準を超えた時、何かの拍子に一線を踏み越えてしまうことはないのだろうか。その時、私は、どちらの立場でいられるのだろうか。