(文:村上 浩)
理論と実践の間には大きなギャップが存在する。どれだけ明晰な頭脳で組み立てられた瑕疵のない理論でも、現実の世界で役立てるためには様々な困難が立ちはだかる。原子核分裂が発見されその原理が明らかになった後も、原子爆弾が開発されるためには、マンハッタン計画による世界中の叡智の結集と膨大な費用を必要とした。
自然科学分野においては、理論の実践にどれだけ困難が伴ったとしても、その困難さや実践不可能性が理論そのものの価値を損ねることはない。自然の神秘を解き明かすこと自体に大きな価値があり、何の役にも立たないと思われていた発見が時代を経て人類に大きく貢献することも珍しいことではないからだ。
ギャップの両側から向き合った経験が生きる
それでは、経営の「普遍的な法則性」を目指す社会科学としての経営戦略は、「最適な処方箋」を求める現場の経営者の役にどれほど立ってきただろうか。実学でもある経営戦略の研究において、実践へと至らない、もしくは実践で効果を発揮しない理論の構築にどれほどの価値があるのだろうか。著者は、経営学の中でも特に経営戦略の分野において「普遍的な法則性」と「最適な処方箋」の隔絶が大きいと言い、その原因を以下のように説明する。
“経営学者はより多くの企業に当てはまる法則性を探求しており、それを主張する。しかし、経営者が求めているのは、より具体的で、最適化された、その独自な条件下で最大の効果を発揮する特注の妙薬なのである。”
“なかでも経営戦略は、特に近年は「創発的な戦略」と言われるような、意図されない成果につながった多くの戦略が観測されるようになり、伝統的な理解が通用しなくなっている。”