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(文:村上 浩)

 アメリカのワシントンDCで教師をしていたサラ・ウィソッキーは、突然の解雇通知に驚いた。教師歴はまだ2年と浅かったものの、懸命に仕事に向き合い、生徒や保護者から高い評価を得ていたから解雇はより大きなショックをもたらした。

 彼女を解雇に追いやったのは、IMPACTと名付けられた教師評価ツール。生徒の学力向上に対する教師の貢献度を計算するIMPACTは、業績の低い教師を一掃しようとする試みのなかで開発された。ウィソッキ―はなぜ自分が低評価を受けたのかを調べようとしたが、専門家によって作り上げられたIMPACTのアルゴリズムは高度かつ複雑すぎて、とても理解できるものではなかった。

 ウィソッキーは、彼女の真の働きぶりを知る生徒がその優秀さを証明したことで、すぐに裕福な地域の別の学校に就職することができた。この一例だけを見てみると、貧しい学区は高度なモデルで優秀な教師を失い、富める学区は生徒・保護者の評判や対人面接で優秀な教師を獲得することとなったといえる。IMPACTが“業績の低い教師”を追い出すことで、生徒たちの環境はより良くなったのだろうか。

数学が印象操作のために利用されていた

 著者キャシー・オニールは、このIMPACTのように「貧しい者や社会で虐げられている者を罰し、豊かな者をより豊かにする」有害な数理モデルを「数学破壊兵器(Weapons of Math Destruction)」と呼ぶ。数学破壊兵器は迫りくる脅威ではない。本書で多数の事例が示されるように、数学破壊兵器は既に世界中に拡散している。大学ランキング、オンライン広告、犯罪の取り締まり、勤怠管理など、我々の生活は数学破壊兵器によって浸食されているのだ。さらに悪いことに、ビッグデータの蓄積及びAIの発展によって、その普及速度は加速度的に増しているのだ。