●予算を確保する必要性
まずは予算を確保することが最優先事項だ。350隻海軍を実現するためには期間30年間で6900億ドル(1ドル110円として76兆円)、1年間で230億ドル(2兆5300億円)必要だと言われている。これは過去30年間、艦艇建造に使っていた予算の60%増の額になる。
企業にとっては、350隻体制というスローガンは歓迎するが、実際に予算的裏づけが明確にならないと、さらなる設備投資をし、雇用を増大する決定ができない。将来を見越して新規雇用するのは難しい。特に小規模な造船所や部品供給会社においては特にそうである。
まずトランプ政権が実施すべきは予算の獲得である。政府は予算案を提出できるが、予算決定の主導権は議会が握っている。国防力の強化は確かにトランプ政権の重要な公約であるが、同時に大幅な減税や膨大なインフラ整備も重要な公約であり、大幅な財政赤字が予想される中でいかなる国防費になるかが問題だ。
●トランプ予算案の問題点
トランプ政権が発表した予算案に対し多くの者が批判している。あまりにもバランスを欠いた国防費偏重の「ハードパワー重視予算」であるという批判だ。
確かに国防費は独り勝ちで、540億ドル増の6030億ドル(66兆3300億円)であり、これだけを見れば評価できる。しかし、全体の予算をスクラップ・アンド・ビルドで国防費の540億ドル増を他の省庁から540億ドルを減じてプラスマイナスゼロにしたために非常にいびつな予算となっている。
例えば、国務省28.7%減、労働省と農務省はともに20.7%減、保健・福祉省16.2%減、商務省15.7%減、オバマ大統領が目の敵にしている環境保護庁は31.4%減となっている。
特に国務省予算28.7%減はソフトパワー予算の大幅な削減であり、多くの専門家が懸念を表明している。本来であれば、ハードパワーである軍事とソフトパワーである外交などが上手くバランスをとることが重要であるが、トランプ予算はそうなっていない。
共和党は昔から、ロナルド・レーガン大統領の「力による平和」をマントラのように唱えてきた。トランプ大統領も同じだ。彼の「力による平和」はレーガンの真似である。しかし、レーガン大統領の場合は、外交政策として「軍事力が全てで、外交はゼロ」というアプローチをとっていない。
トランプ大統領は、予算においても「アメリカ・ファースト」を強調し、国防費の増額を主張する一方で、同盟国に対しても国防費の増額などの負担増大を要求しているが、明らかな論理の矛盾を露呈している。この論理の矛盾こそトランプ政策の特徴の1つである。
もう1つ、トランプ予算の特徴は戦略の裏づけがないことも指摘したい。
●専門技術者の不足にいかに対処するか
350隻への拡大は、ただ単に75隻を追加するという単純な問題ではない。現在就役している275隻の多くを更新する必要があり、この更新所要も考慮すると、今後30年後の2046年までの間に321隻の艦艇を購入しなければいけない。
350隻海軍の建設は5万人の雇用を創出する。2016年における造船および修理産業は、10万人雇用していた。冷戦時代の1980年代末には600隻艦隊の維持のために17万6000人を雇用していた。
急激な造船ブームに対応して労働力を確保することは非常に難しい。艦船の建造のための熟練工(電気技術者、溶接工など)が不足している。ここ数年における歴史的な艦艇製造数の低下により、造船所および核燃料製造業者を含む関連企業を数年間にわたって強化しなければいけない。
政府は、造船関連企業に能力アップの時間を与えなければいけない。米国の2大造船企業は、ジェネラル・ダイナミックスとハンチントン・インガルスだが、両社はすでに受注している事業(コロンビア級の弾道ミサイル発射潜水艦など)を完成させるために、2017年における新規雇用6000人を予定するなど、大幅な熟練工の確保が必要となる。