トランプ氏、事業からの完全撤退を宣言 利益相反の懸念受け

米国の次期大統領に決まったドナルド・トランプ氏〔AFPBB News

 米国次期大統領として、大方の予想を裏切り、政治家歴も軍歴もない実業家のドナルド・トランプ氏が選出された。米国政治の歴史的な転換期を意味するだけでなく、世界的なトレンドの変化を示す、「革命的」変化とも言える。

 変化には大きく2つの側面がある。1つは、グローバリズムに対する米国第一主義に象徴されるナショナリズムの勝利であり、もう1つは、既存のエスタブリシュメントに対する一般の人々、「ピープル(人民)」の勝利である。

 「ピープル」が既存のエリート層、エスタブリッシュメントに勝利したという意味では、「革命」とも言えよう。

 このような、革命的変化はなぜ起きたのか、その背景には、プア・ホワイトを中心とした民衆の、既存政治指導者に対する積もり積もった憤懣と、実業家トランプの経営戦略を応用した斬新な選挙戦術がある。

1 なぜトランプ氏はアイオワ州予備選挙で勝利したのか

 まずトランプ氏が出遅れ気味に大統領選の予備選挙に出馬し、共和党内で大統領候補指名を勝ち取り、さらにヒラリー・クリントン氏に勝利した道のりを振り返ってみよう。

 2014年6月からトランプ氏は選挙戦を始めた。2015年11月30日付のワシントンの政治専門紙『ザ・ヒル』は、2012年の共和党大統領候補の1人だった黒人実業家のハーマン・ケインが、大統領選挙に立候補する前のトランプ氏について語った内容を報じている。

 共和党の主流派とメディアは、トランプ候補を選挙戦から脱落させようと画策した。当初、トランプ氏は「アウトサイダー」と言われ、無視されていた。

 しかし、ケイン氏は「米国生まれなら誰でもインサイダーだ。アウトサイダーはいない」と反論し、トランプ氏に、万人平等という建国理念を説き自信を持たせた。

 さらに、「建国理念である生存、自由や幸福追求の権利を破壊するような政権は、それを変革し廃棄する権利が人民にはある」「新しい大統領とともに変革し廃棄すべきものが我々にはある」と、既存政治の変革の必要性を訴えた。

 トランプ氏は、選挙期間中この「既存政治の変革」を繰り返し訴え、政治経験がないにもかかわらず、共和党大統領候補のトップランナーとして走り続けた。これで終わりだと言われ続けながら、そのたびに高い支持率を確保し、噂を跳ね返してきた。

 逆にジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は選挙期間中負け続けた。ケイン氏は、「ブッシュの問題は彼自身だ」と酷評している。

 このように、政治的にはアウトサイダーであったトランプ氏が、大統領選挙に立候補を決心した理由の背景には、既存の政治と政治家に対する、マイノリティを含めた幅広い「ピープル」の怒りと不信があったことは明らかである。

 「ピープル」の権利を実現できず統治の正当性を失った政府は打倒されねばならないと終始訴え、勝利したという点で、トランプ氏は「ピープルによる革命」の旗手であったと言えよう。

 トランプ氏は、共和党大統領候補としてクリントンに勝利する以前に、既存の共和党大統領候補の主流派、エスタブリッシュメントに勝利したのであり、民主党のみならず既存の共和党にも勝利したと言える。

 2015年1月、トランプ氏はアイオワでの自由サミットで民衆を前に演説し、大喝采を博した。その演説内容は、その後彼が大統領選挙に勝利するまで一貫して主張していた内容と符合しており、彼の政治信条の中核をなす政策と言えよう。

 彼は演説で、一般の共和党政治家とオバマ大統領の無能さを厳しく非難し、聴衆が総立ちとなり拍手喝采するほどの支持を得た。喝采する聴衆に向かい、彼は「米国を再び偉大にするために何をなすべきかを私は知っている。潜在力は巨大だ。私は大統領を目指すことを真剣に考えている」と表明している。

 その場で彼が述べた政策は以下のようなものであった。

(1)ISIS(「イスラム国」)の撲滅
(2)イスラムテロリストの流入阻止
(3)連邦財政赤字の削減
(4)「安全保障を真剣に考慮し」、不法移民を阻止するために南部メキシコ国境沿いにフェンスを建設

(5)社会保障、メディケア(老齢者医療保険制度)、メディケイド(低所得者医療扶助制度)を、「国を再び豊かにする」ことによりその骨子を遺しつつ、節約
(6)オバマ政権下で制定されたオバマケア(国民皆健康保険制度)法の見直し
(7)国の道路と空港の再建

 さらに、「私は、極めて保守的で共和党員だが、我々の共和党政治家はオバマ大統領に好き放題にさせており、失望した」と述べ、共和党主流派に対して支持を得るような姿勢を全く見せず、厳しく非難している。

 2015年2月の時点で、同年6月には予備選挙出馬の意向を最終決定することをインタビューでほのめかしているが、この時点ではメディアでも、自家用のジャンボ機で遊説して回る大富豪程度に扱われ、まともな候補者とはみなされていない。

 トランプ氏自身は、その後も持論を遊説して回り、2015年4月にはフォックス・ニュースに、他の潜在候補者より有利だと発言し、公式な立候補表明はしていないものの、勝利への自信を覗かせている。

 5月になると、それまでトランプ氏を粗野で異常だとして馬鹿にしていたメディアも、注目度を高めている。トランプ氏自身は真剣に出馬を考え始め、6000万ドルを拠出している。

 同月のフォックス・ニュースは、「既存の政治家には、トランプのように米国のCEO(最高経営責任者)として国家を運営できる者はいない」として、「トランプこそ大統領に相応しい」と評価している。

 オバマ大統領は何度も失敗し、「ピープル」の利益を守れなかったが、トランプ氏なら説得力も実行力もあり、人事も的確に行える人物だとしている。

 トランプ氏は、5月にCBNとのインタビューで、大統領になったらメキシコとの国境に壁を造ると明言している。彼は、今の国境管理ではいかにやすやすと国境を歩いて超えられるかを強調し、「何十万人もの人々を我々は受け入れているが、その一部には強姦魔、殺人者、麻薬の運び屋もいて、メキシコ国境から流入している」と非難している。

 これを止めるため、彼は最新の計画として「誰も造らないような壁かフェンスを造る」と述べた。また、メキシコは、米国から経済的にも国境でも利益を得て米国を盗み取っているから、壁の建設費用はメキシコに払わせるべきだと主張している。

 6月の大統領選予備選挙出馬表明の演説では、メキシコ移民の中の、麻薬所持者、殺人犯、強姦犯は追放せよと演説し、人種差別主義者との非難が高まった。

 これに対し、テッド・クルーズ上院議員はフォックス・ニュースとのインタビューで、共和党大統領候補として競争相手になったトランプ氏を、「彼は派手だが、本当のことを言っている」「NBCは、馬鹿げた間違ったポリティカル・コレクトネスにこだわっている」と、擁護している。

 また、トランプ氏自身も、その数日後に、「メキシコ人の一部は善良な人たちだ」「私もメキシコ系やラテン系の人が好きだし、友人も大勢いる」と釈明している。クルーズ氏もトランプ氏も、メキシコ国境にフェンスまたは壁を造ることを提唱しているが、トランプ氏は「誰よりもよりよく造れる」ことを繰り返し強調した。

 トランプ氏の壁を造れという主張は過激な発言の典型のようにみられがちだが、クルーズ氏も同様の主張を当初から行っていた。また、後述するようにヒスパニック系の人々にも賛成者は多く、非現実的な過激な空論ではない。それほど、メキシコ国境を越えて入る不法移民問題は深刻化していたと言える。

 6月には最新の全米の電話とオンライン調査の結果、トランプ候補の支持率が民主党のクリントン候補の支持率を4ポイント上回ったと報じられた。7月、共和党大統領候補のフロリダ州での予備選挙投票結果では、トランプ氏が第2位のジェブ・ブッシュ候補に支持率26%対20%で6ポイントの差をつけて第1位に立った。

 トランプ氏は、ニュー・ハンプシャー州でもブッシュ候補の2倍の支持率を集めた。ABCニュースは、7月の時点でトランプ候補はすでに共和党員と共和党寄りの独立派全体の24%の支持を固めたと報じている。

 8月に入り、トランプ氏は共和党の大統領候補者間の論点を決める主導権を握った。彼は共和党を、移民政策では強硬な右派寄りに、自由貿易では否定的な左派寄りの政策に傾けた。他の候補者は混乱し、トランプ氏をまねるようになった。なかでもジェブ・ブッシュ氏は、最も彼らしくない最悪の物まねを演じた。

 ブッシュ氏はトランプ氏に続きメキシコ国境問題を採り上げ、不法移民の米国生まれの子供たちを「アンカー・ベビー」と呼んだ。その後、この用語を使用したことを謝罪したが、「共和党に投票しようとしない、もう1つの大きな非白人集団(ヒスパニック)の票を、いま共和党は必要としている」と発言し、ヒスパニックの反感を逆に招いた。

 2015年8月30日付の『ポリティコ』誌によれば、同年8月までにトランプ氏は予備選挙のレースの流れを変えてしまい、他の候補はトランプ氏の優位にどう対応するかが問われるようになっていた。

 しかし他の候補が採り得る対応策は、以下に分析するように、「受容」以外にないと判断せざるを得ない状況になっていた。

(1)「無視」。これは当初の共和党の戦略だったが、もはやトランプ氏は無視できず、うまくいかないのは明らか。

(2)「攻撃」。トランプ氏は、強姦者、女性蔑視者、人種差別主義者、隠れ民主党員、ヒトラーなどと非難されてきたが、それでも彼の支持率は上がり続けている。トランプ氏は逆に、非難した候補者に対しツイッターなどを通じ、彼流のやり方で猛烈に反論している。

(3)「追放」。これは最悪の対応である。見え透いた妨害はトランプ支持者を激高させ、支持者を増やすことになる。

(4)「取引」。取引するとしても、トランプ氏が満足する代価は、彼を大統領にすることしかない。

(5)「退屈させる」。トランプ氏ほど退屈しない候補者はいない。彼が退屈なら他の候補者はもっと退屈だ。

(6)「受容」。これが残された最後の最も現実的な対応である。トランプ氏自身が選挙戦を降りることもなく、自滅する可能性もなくなっている。

 このように、当初泡沫候補とみられ、共和党主流派からの非難や妨害にされていたトランプ候補は、予備選挙の当初から共和党の大統領候補者の中でトップに立ち、その後その地位を不動のものにしていった。