手動でレバーを動かし分岐器と転てつ機を切り替える

 この日、長澤さんたちは、こうした報告を踏まえ、チンミンダイ駅やインセイン駅といった主要駅の構内に加え、地図上に印をつけていた駅間のポイントなど計7カ所を1日かけて順番に回り、図面と現場を見比べながら状況確認を行った。

現場が語るもの

 現場を回ったことで、思いがけない気付きもあった。

 日差しが一段と強まり気温も上がった昼下がり、一行の中から突然、「あーっ」という声が上がった。線路脇にしゃがみ込む男性の周りに集まった他のメンバーたちの顔も一気に曇る。レールを止めているクリップの向きが逆なのだ。

 ざっと見たところ、場所によっては約半分のクリップが逆向きなのではないかという。さらに悪いことに、正しく付いているクリップも、ほとんどが少し蹴るだけで抜けそうなぐらい緩んでいる。

 「レールの締結が全然ダメ」「明らかに工具を使って締めていない」「スパナで回すだけでもだいぶ違うはずなのだが」「これでは列車が通るたびに振動でずれていく」「いったん全部抜いて締め直さないとダメだ」――。

 皆が次々とため息混じりにこう言ったのには、理由がある。

 「信号は信号だけで動くわけではない」からだ。新しい信号システムは、前述の通り、列車が接近するとレールに流れている電流がショートし、検知する軌道回路と呼ばれる仕組みだ。

 つまり、正しく作動するためには、信号だけ入れ替えても意味がなく、レールとしっかり連動していなければならない。ところが、土木工事についてはミャンマー政府自身が行うことになっているため、丸ごと日本が施工する場合と比べ、質の確保と連携の面ではるかに難しい対応が迫られると言っていい。

 顔を見合わせた一行の背中に悲壮な覚悟が漂っているように感じたのは、気のせいではあるまい。

 さまざまな形で重層的に進むミャンマーの鉄道協力。おりしもこの5月には、ヤンゴン~マンダレー間を結ぶ幹線鉄道の近代化に向け2014年7月から行われていた詳細設計調査が終了し、着工に向けた入札図書もまもなくミャンマー政府に提出される。

 日本の協力によってミャンマー政府に提出された全国運輸交通マスタープランの中で、「2020年までは基幹インフラの整備に注力すべきである」と提言されたことを受けて始まったこの調査が、地質や信号、電気など、それぞれの専門家が幾度も現地に足を運び、状況を確認しながら進められてきたことは、本連載で紹介してきた通りだ。

 現場には現場の状況がある。机の上で図面を引くだけではなく、労を惜しまず予行演習を行ったり、現地に足を運んだりしながら、個々の事情に配慮しつつ進む日本の協力のきめ細やかさを改めて感じる2日間だった。

(つづく)

壁に残る水跡から浸水時の高さを予測する