放し飼いと先輩後輩
武蔵高等学校の学風を一言で言うなら「放し飼い」というのに尽きるでしょう。ほったらかしであれこれ指導をしません。
入試は極めて高度なものを課し、十分優秀な子供を入学させますが、そこでの教育は手取り足取りとか、受験勉強をガリガリとか、そういうことを一切しない。
「自ら調べ、自ら考える」として押しつけがましいことはほとんどしない。ただ、環境は考えられる最良のものを惜しみなく与え、そこに子供たちを放牧しておくというのが、武蔵高等学校の最大の特徴になっている。
さらにその「ほったらかし」の重要な一部に、先ほど最初にスポーツの例で見た「先輩後輩」の強い結びつきが生きる局面が設けられている場合があるのです。
旧制武蔵高等学校は7年制で、現在でいう中学生から大学教養までの年齢をカバーし、その年代の先輩後輩・・・18、19歳と言えばヒゲ面ですでに大人に近いですが、12、13歳と言えば小学生と変わらない、そういう年齢差のある先輩後輩が様々な局面で接するようになっている。
一番分かりやすいのは授業です。演習の授業などを、卒業して5、6年目の大学院生が非常勤講師として教えることがあります。
将来研究者として大きく伸びることがまず間違いない優秀な先輩を、大学で言えば実験や演習の助手のような形で学園に招き、ミドルティーンの後輩たちに年の近い先輩が教えるわけです。
1とつの実例を挙げましょう。U氏は数学科を卒業して大学院に在籍し、実はお父さんが著名な数理経済学者でもありましたが、在学中から才気煥発で知られる若者でした。
そのU氏が大学院在学中、母校の非常勤講師として中学3年生の「幾何」を担当することになります。
本来教えるべきものは(文部科学省が定める指導要領に準拠した)ユークリッド幾何の少し進んだ内容であるはずですが、武蔵高等学校はそもそも文科省の決めたカリキュラムを守ることに執心ではありません。