年が明けてから、世間を騒がせる話題が随分ハイペースで提供されている。株式市場では「申酉騒ぐ」という格言そのままに、年始から相場の動きが激しい。

 サルとトリと言えば連想されるのは昔話の桃太郎。イヌを仲間に加え、鬼退治へと乗り出すわけだが、そもそも鬼とは鬼門の方角である丑寅を指すという。だから作中の鬼は、ウシの角にトラ柄のパンツというパンクないで立ちなのだという。

 鬼門である丑寅に対抗するには、反対の方角を表す申酉戌だということで、彼らに白羽の矢が立ったとうわけだ。・・・でも、実は真反対って「未申」なのでは、という疑問は羊たちの沈黙によって葬り去られたようだ。

 人間に従順なイメージのあるイヌに比べて、破天荒なサルは確かに騒ぎだすと手がつけられなさそう。性格が対極で、互いに理解が及ばないイヌとサルの仲を表して「犬猿の仲」という言葉も生まれた。そんな2匹の間を取り持つのがトリ。干支ではサルとイヌの間に挟まっている。うーん、まさに調整役。組織を裏で支えるトリとは、桃太郎でいえばキジである。

 ふう、やっと本題にたどり着いた。前置きなのに、センテンスがバネのように長くなってしまった。ある意味、センテンススプリング!

 新春の日本列島を席捲したあの話題も、一羽のキジならぬ一本の記事から始まった。

不倫の真相に迫る

はじめての不倫学』(坂爪真吾 著、光文社新書)

『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』(坂爪真吾、光文社、820円、税別)

 ダメだと言われると、やりたくなってしまうのは、人間の人間たる所以。なにせ、最初の人間とされているアダムとイヴは、禁断の果実を口にしたために楽園を追い出された。この2人の罪は、善悪の知識の実を食べてはならないという、禁を破った行為それ自体ではないと、この本を読んで考えを新たにした。

『はじめての不倫学』・・・それにしても、すごいタイトルだ。初見では、不倫を奨励するための入門書とも解釈できてしまう。売り場の肌感覚では、実際に購入した中年男性層には、そういった内容を期待していた人も見受けられる本書である。

 しかし著者によると、社会学的なアプローチでもって、不倫の真相に迫るというスタンスで書かれたらしい。曰く、世ので、閉じられた個人間の問題として片づけられている不倫が、実は若年層の貧困、ひとり親や生活保護、いわゆる「おひとりさま」といわれる高齢者の問題などを内包していると指摘し、社会全体の問題として捉え直すことが必要ではないか云々。