現地に寄り添う
さらに、研修の前半には会社法の大家である東京大学の神作裕之教授が講義に立ち、そもそも会社法とは何か、社会にとってどのような影響を与えるものか、その役割や位置付けを研修員たちに問い掛けた上で、その重要性について説いた。
神作教授は、「企業の発展は、国民経済およびイノベーションの発展と密接に関連しており、良い会社法は企業の発展に貢献できる」と指摘。「会社法は、企業活動にとって、いわば健全性(ブレーキ)と効率性(アクセル)。その質を上げつつ、両者のバランスを上手に取ることが非常に重要」だと強調した。
相手国に問い掛け、考えさせ、気付きを促す。時には一緒に悩むこともある――。日本のこうした姿勢の背景にあるのは、日本自身の歩みと培ってきた経験だ。
時代に合わせその形を変化させてきた日本の法体系が今日の姿になったのは、明治維新後のことである。
日本は当時、近代的な法制度を持っていたヨーロッパに留学生を派遣し、フランス法やドイツ法などの、いわゆる大陸法を学んだり、お雇い外国人を日本に招いたりした一方で、それらをそのまま受け入れるのではなく、日本の社会や文化、制度に適合するよう選択的に取り入れ、独自の法体系を築いてきた。
第二次大戦後の法改革では、占領軍によって英米法の影響も強く受けたものの、結果的にはそれすらもうまく融合させることに成功した。
その意味で日本は、大陸法と英米法、両方の知見を有している上、融合の問題点やカスタマイズの経験もある唯一の存在だと言える。
そんな独自性を生かし、日本はこれまで長年にわたり開発途上国の法制度整備に協力してきた。1960年代には海外の法曹人材を日本に招き刑事司法分野の研修を開始したほか、90年代半ばより、ベトナムを皮切りに、カンボジア、ラオス、中国、ウズベキスタン、モンゴル、ネパール、インドネシアなどに協力を展開。
どの国々に対しても、じっくり時間をかけて「気付きを促す」という姿勢を変えることなく、法務省や弁護士会などから推薦された専門家を現地に派遣し、長期的かつ地道にその国の人材を育成する協力を、今日に至るまで貫いてきた。
ともすれば、ドナーから委託を受けた弁護士事務所や法律コンサルタントが3カ月~数カ月程度の契約期間内に草案を一方的に仕上げて渡すだけだったり、セミナーを開催したりするだけでノルマを果たそうとする協力が多いことを鑑みると、そのユニークさが一層際立つ。