日本の法務省で実施された研修では、ミャンマーの新しい会社法案の条文を見ながら、具体的に起こり得る事例と合っているか議論・検討作業が行われた

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100年ぶりの改正

 会社の設立手続きや取締役の選解任といった会社の組織、運営などを規定する会社法。個人が日常生活を営む上では、普段、なかなか意識する機会がないかもしれないが、社会が経済活動を営み、国が近代国家として存在するためには、なくてはならない法律だ。

 そんな国の骨組みとも言える会社法が、100年前に制定されたまま今も使われているとしたらどうだろう?

 しかも、「ラストフロンティア」の開拓に乗り遅れまいと世界の企業が目を光らせ、注目しているミャンマー市場で。

 東京港区の日本貿易振興機構(ジェトロ)で7月15日、ミャンマー投資セミナーが開かれた。ここ3年ほどの間にすっかりお馴染みになったお題だが、この日も約80人の企業関係者らが、在日ミャンマー大使館商務部のミンゾー・ウー氏や、ジェトロ・アジア大洋州課長代理の水谷俊博氏の講演に熱心に耳を傾けた。

 その後、フロアから出た質問は、現地の会社登録方法や申請先、最低賃金など、ビジネスの実務に関する具体的なものばかり。真剣に進出を検討しているにもかかわらず、体系的な手順や実態が今一歩つかみきれず、一様に焦れている様子が言葉の端々から垣間見えた。

 2011年の総選挙とテイン・セイン政権発足後、世界から一躍脚光を浴びるようになったミャンマー。

 入国する外国人の数は2013年に200万人、翌14年には300万を突破し、右肩上がりに上昇している。日本からのアクセスも格段に良くなり、2012年に38人乗りの飛行機で成田空港~ヤンゴン線を週3回就航させた全日本空輸(ANA)は、いまや200人乗りのボーイング767を毎日飛ばしている。

 日本企業の進出数も、2010年の52社から2013年10月に156社、2014年7月末には182社にまで増加した(ジェトロ調べ)。

 しかし、海外との接点が急速に増加するにつれ、さまざまな不具合も露呈している。中でも切実なのは、軍政下の統制経済から市場経済へと急速に変わりゆく社会と経済活動に関連する法律のミスマッチである。

 これまでミャンマーでは英国の植民地支配下で制定された諸々の法律をまとめたビルマ法典が用いられていたため、市場経済に合致しない前時代的な内容が残っていたり、場当たり的かつ部分的な改正が繰り返されたことによる法令間の重複や齟齬が次々と明らかになったのだ。