森と牛と人の循環「森林ノ牧場」

「森林ノ牛乳」が生まれるところで牛に舐められる

2010.08.30(Mon)前田せいめい
森林ノ牧場 那須/前田せいめい撮影 森林ノ牧場 那須/前田せいめい撮影

 訪問者が直接牛と触れ合えるのが、仔牛が成牛の群れに加わるまでの間放し飼いされる仔牛エリア。エリア全体としては7割間伐ぐらいだそうだが、周縁部には立ち木が多く残されており樹陰が多く、夏の日盛りにも木陰に入ると暑さは和らぎ心地よい。

 入り口で所定の長靴に履き替え消毒槽に足を浸した後、仔牛エリアに入る。今回の訪問では3頭の仔牛が相手をしてくれた。見た目は体格のいい、いかり肩のバンビである。

 成牛よりも活発でちょこまか動き回りカメラマン泣かせだが、人懐こいのは変わらない。低い位置でカメラを構えると鼻面が迫ってきて、あわててカメラを離すと顔をべろりと舐められた。やはりカメラマン泣かせである。

森林ノ牧場 那須/前田せいめい撮影 森林ノ牧場 那須/前田せいめい撮影シイタケを持つのは櫛田氏の手。「放っておけば、これくらいにはなります」(櫛田氏)

 仔牛エリア内には一定の長さで切り揃えられた原木が整然と並べられ、シイタケのほかキクラゲ、ナメコ、ヒラタケが栽培されている。何本か残ったシイタケは開ききって、大人の手のひら大にまでなっていた。

 採ってすぐであれば生で食べられるというので少しいただいてみた。いかにも生の菌類っぽい旨みと香りが口中に広がる。傘よりも柄の方が旨みが強い。櫛田さんによれば、シイタケは「炭で焼いて塩だけで」食べるのがいちばん美味いそうである。

 シイタケ栽培には牧場内で伐採された材が使われている。ここでも森林再生のサイクルから外れることはない。

 一方で、森林再生とは言っても所詮人間の都合に合わせた自然の改変再構成ではないか。それは果たして「自然」と呼べるのか。その点だけに目を向ければ、自然保護のためには間伐などすべきではないとする考え方もあるだろう。

 だがそれは、「自然」という言葉のイメージの中で「人工林」と「原生林」を混同している場合が多い。そして森林のうち原生林は地球全体では4割弱、日本においては2割弱であり(「世界森林資源評価2005」より)、この2つを混同してとらえると多くのことを見落としてしまいかねない。

 木を伐るとは、結局は自分が生きるためにほかの命をいただくことだと櫛田さんは言う。それを否定するのではなく、持続して循環するよう適切に管理して、感謝しながらその命を頂戴することが大切なのだと思うと言う。

 つまり森林を管理するとは、人間と自然を切り離して人間が自然を征服し服従させることではなく、人間自身も自然のサイクルの一員であることを自覚して、サイクル全体のバランスを整えながら自然の中でほかの命と共生するということだろう。

 同じ「エコロジー」をキーワードにしつつも、「環境保護」を錦の御旗に人間が自然に手を触れることを否定する考え方の実は対極にある。どちらが「正しい」かを櫛田さんの口から聞くことはなかった。ただ自分たちはそういう考え方で持続可能な社会づくりを考え、「森林ノ牧場」はそれを具現化したものなのだと語るのである。

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