もしかしたら、その人たちは他の会社でより能力を発揮していたかもしれないし、もう少し若いうちに能力開発をしていたら、より柔軟にビジネスニーズに合わせて活躍していたかもしれない。
活躍するということは貢献しているということだ。マクロ経済的にも、活躍する人が増えれば経済全体が活況を呈する。個人にとっても、活躍することは満足感、充足感を与え、人生を満喫できる。
会社にとっても、個人にとっても、社会にとっても、自律的で柔軟な働き方が変化の激しい世の中に合っている。
自分で動いて納得の人生を
どのようにしたら、自律的で柔軟な働き方が実現できるのか。会社に対して、外部人材の活用に柔軟になるよう圧力をかけたらいいのか。
いや違う。自分のことを話しているのだ。コントロールできない外部を非難するのではなく、自分が自律的で柔軟になればいい。個人が変われば、世の中も追随するしかない。
高名な英国の社会学者ドーアは40年以上前に、思いやりや思慮分別を評価する一方、日本を次のように評した。
「日本の企業では、仕事のやりがい、人間的互助の精神、企業集団という長いものに巻かれる安定感などはあろうが、個人の独立、自分の生き方を選択する自由、自己達成契約の公正を要求する力から言えば、(中略)英国の企業の方がましだ。私だったら日本の企業の従業員になりたいとは思わない」
40年以上、働き方の課題は変わっていないではないか。でも、今日からできることがある。自分が変わることだ。40年前と変わったことがある。外資系、海外での就労、起業、多様な日系企業など、選択肢が格段に広がったことだ。
すべての人が一斉に変われるわけではない。だからこそ、変われる人は変わろう。自分が何をしたいのかを見つけ、何ができるのか、何が求められているのかというフィルターを通して、慎重にそして大胆に、自分に最も適している選択肢を選ぼう。
個人が世の中のためにあるのではなく、世の中が個人のためにある。そして個人が変われば世の中が変わる。
仕事は人生にとって大きな意味を持つのだから、自分の考えに合った努力と選択をしよう。そして、多くの人が納得と尊厳を持った人生を過ごせることが、素晴らしい世の中と言えるのではないか。