週刊NY生活 2014年5月10日489号

 5月1日付NYデイリーニュース紙に「グリニッジビレッジにあるミシュラン二つ星の日本食レストラン『ソト』のシェフが、『マグロが脂っぽい』という客のクレームに腹を立て、刃渡り20センチ近い包丁を振るいながら客席テーブルに近づいていって怒鳴った」という記事が掲載された。

 同紙によると、その出来事は、4月29日午後7時30分ごろ店内で別のテーブルに座っていた同紙関係者ら4人によって目撃され、4人は恐怖を感じて勘定もそこそこに店を出たという。本当にそんなことがあったのか。NYデイリーニュース紙に記事を書かれた同店のオーナーシェフ、小杉外博さん(53)を店に訪ね真相を聞いた。(三浦良一記者、写真も)

グリニッチビレッジにあるミシュラン2つ星の寿司店「SOTO」

 NYデイリーニュース紙が発行された日の午後3時。開店準備中の店内は電気が消えていたが、ドアを押すと開いた。日本語で2、3回大声で呼ぶと小杉シェフ本人が奥から出てきた。

 「仕込みで忙しい」という理由で取材は断られたが、記事をまだ見ていないと言うので、NYデイリーニュース紙の記事内容を伝えると厨房に通された。

 「冗談じゃないよ、誤解だよ。刺身の包みを厨房から持っていって、客にトロはこれしかとれないんだよって説明しようとしただけだよ」。話はそれ以上聞けなかったので、いったん店を出た。深夜に客として再度訪れる。スシバーでビールを頼むと目の前で寿司を握る小杉さんが少しずつ当日のことを話し始めた。

 「その客は1年くらい前からの常連で、一人で一度にトロを14貫とか20貫とか注文するんです。うちは、天然ものしか使わないので、一人で20貫食べられたら、ほかのお客さんの食べる分がなくなっちゃうんです。トロは大きなブロックでも2割くらいしかないので。それを何度も言っているのにまったく理解せずにその日もトロ14貫を注文してきた。ウエートレスに今日は何貫出せるか確認するように言っていたのに注文してきたので厨房からマグロの包みを冷蔵庫から出して客席に持っていって、客の前で包みを包丁で切り開いて説明した」のだという。

5月1日付NYデイリーニュース紙

 「デイリーニュースが書いたお客様と私の会話内容はすべて正しく伝えられていません。書いてあることのなかで事実なのは、包みを開けるためにマグロと一緒に包丁をダイニングに持っていったことと、怒鳴るような調子で説明したと受け取られても仕方がないことです。当事者のお客様からは苦情はなく、逆に翌日、プラントのギフトが店に届けられているので、お互い理解し合ったことと認識し、もしも、再度来店してくだされば、しっかり対応させてもらいたい」と言う。

 「弁護士と相談したがデイリーの記事は社会面でなくゴシップ面で誰も本気で読んでいないという意見だったので私自身、これ以上、この件に関してネットや紙面に記事が出ることは望みません。それがたとえ真実を伝えようとするアピールであっても、触れれば触れるほど腫れがひどくなる『たちの悪いできもの』のようなものだと思っていますから」

 小杉さんは富山県出身で実家も寿司屋。アトランタで11年間寿司店を経営したあと8年前からニューヨークで同店を営んでいる。「短気なほうで頭に血が上ることが多く、自分でもあとでよく反省することが多い」と恐縮する。短気なのはアトランタでも有名だったらしく「テンプラヘッド・シェフ(テンパーヘッド・シェフ=怒りやすいシェフ)」のニックネームがついていたそうだ。

 そんな記事が出た日だったが、閉店時刻の午後11時45分を過ぎても店は客でにぎわっていた。

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