グローバリゼーションの進行により、アジアの食料サプライチェーンは過去に例を見ないほど複雑化し、相互依存関係が深まっている。一方、多くの国には膨大な数の小規模生産者が存在し、依然としてサプライチェーンはきわめて断片化した状態にある。食品の安全性を向上し、非常時に適切な危機管理を行うためには、責任ある対応を促すインセンティブをサプライヤーや消費者に与えることが重要だ。

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 産業化の急速な進行により、アジア新興国の多くで食品の安全性を取り巻く環境は変化しつつある。例えば、産業クラスターが農地の近隣地域に設置されたことで、土壌や水の汚染リスクが高まっている。また人口拡大や所得増加を背景に、食料ニーズが量・質の両面で拡大しており、生産者は採算性を維持しながら需要に応えるという難題に直面している。

 The Bill and Melinda Gates Foundation(ビル&メリンダ・ゲイツ財団)でディレクターを務める Ray Yip 氏によると、世界の注目を集めた中国の食品汚染スキャンダルは、急速な変化と経済成長に直面する同国で効率化への圧力が強まっていることの反映だという。「中国が資本主義経済に移行するにしたがって、企業の利幅は減少している。しかし産業界のビジネス倫理は、変化に対応できていないのが現状だ」と同氏は指摘する。

 こうした状況は、米国の経験と似た面がある。同国では、20世紀初頭に発生した食品安全危機を契機に、the Food and Drug Administration(食品医薬品局=FDA)が設立された。その約100年後となる今年3月、中国政府は監督・施行能力の強化に向けた大幅な体制見直しの一環として国家食品薬品監督管理総局(CFDA)を創設し、非農産物や薬品の安全管理権限を一元的に担わせるという決定を行った。

 工業用硫酸銅が加工に使われた“毒ピータン”や、違法農薬を使った生姜、カドミウム汚染米など、同国ではメディアを賑わすスキャンダルが頻発している。中国政府の取り組みは、汚染食品がもたらす経済・社会的コストに対する懸念が高まっていることの反映だろう。

 広州市では2013年、18のサンプル米のうち8つからカドミウムが検出された。国際食糧政策研究所のFan氏によると、中国が世界最大の米生産・消費国であることを考えれば、これは特に憂慮すべき事態だ。「消費者の不信感が高まれば、輸入米の需要が急速に拡大する可能性がある」と同氏は指摘する。「国内米から外国米への需要シフトは、世界の米市場に大きな影響を与えかねない」というのがFan氏の見解だ*3

食品汚染の背景

 世界のメディアを賑わしたスキャンダルの多くは、中国で発生している。しかし、食品汚染は経済発展の段階にかかわらず、世界中そしてアジア全体で見られる現象だ。

 2008年に日本で発生した事故米不正転売事件では、数千人規模の政府関係者が関与を疑われて捜査対象となった。多くの酒造メーカーが商品の自主回収を行った同事件により、日本の食品安全管理体制に対する信頼は大きく揺らぐ結果となった。

 また台湾では2011年、アジアの食品メーカーに広く流通する国内企業製の食品添加物から発ガン性“可塑剤”が検出されている。比較的優れた規制・監視体制が整っている国々で、なぜこのような事態が発生するのだろうか?

 大きな要因の1つとなっているのが、農産物のコモディティ化や、現代の食品産業に特徴的な世界貿易のパターンだ。UN Comtrade(国連商品貿易統計データベース)によると、オーストラリアから世界全体への輸出額は2003年から2012年にかけて9%拡大し(年平均成長率換算)、260億米ドルに達している。

 一方、世界各国による食品・畜産品の対中国輸出額は19%拡大し、2012年には353億米ドルに達した。Cargill Agricultural Supply Chain Worldwide でコーポレート・ヴァイス・プレジデントを務める Stan Ryan 氏は、「現在、世界のカロリー消費量の約16%は、国境を越えて取引された食料によって賄われている。アジアでの人口・所得拡大を背景に、この数字は今後さらに増加するだろう」と指摘している。「食料自給率が低い国にとって、貿易量の変化は死活問題となる可能性がある」。

*3=“Road ahead for China’s food safety.” Fan, Shenggen. China Daily, June 2013.