「知り合い自給率100%」ならば騙されない

味の社会学(第3回)

2013.11.20(Wed)菅 慎太郎

 ホテルにおける「誤表示」だって、そうした人との結びつきがあれば、状況は変わっていたことでしょう。

 それでも、ホテルの披露宴の料理やたまたま出席したパーティーで出される料理ならば「1回限り」も多く、いつでも飲食店やレストランの方と友人知人になるわけではありません。しかし、「スタッフと会話」することはできるわけです。

 「このお肉、おいしかったけど産地は?」

 「この苦味のアクセントになっている野菜は?」

 そうした消費者からの質問は、提供する側にじわじわプレッシャーを与えることになります。

「後からクレーム」は自分が損するだけ

 「有名な産地だから間違いがない!」

 果たしてそれは本当でしょうか。鮮度や保管状態が悪ければ、もちろん味だって落ちます。調理がうまくなければ、せっかくの食材も台無しです。それは「その場」で指摘できるのです。

 しかし、家庭から外食産業に至るまで、「おいしさ」をめぐる会話をすることなく、無言で「個食」に走る人が増えています。

 グルメサイトの評価だって「挨拶がない」「皿をドンと置いた」「会計が遅い」などオペレーションクレームばかり。肝心の「味」について評価している投稿はほんのわずか。お店に不満があるなら「その場」で話をすればいいわけで、「無言のクレイマー」は自己責任と言っても過言ではありません。

 人と会話することを私たちはいつから、どれほど恐れるようになってしまったのでしょうか。料理がおいしかったら、恥じることなく「その場」で「おいしさのワケ」を聞けばいいのです。

 雑誌やマンガの情報を鵜呑みにして「アタマデッカチ」になるのではなく、その場で「本能的に感じる」自分の感覚に正直に向き合うことが、自分の「おいしさ」を作り上げていきます。単なる憂さ晴らしの「無言の“嫌い”」や「匿名の“嫌だ”」はその人に何のメリットももたらしてくれません。

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