「空揚げ」か「唐揚げ」か、問題の根っこは深かった

かつての定番は鶏肉にあらず

2013.11.08(Fri)澁川 祐子

 つまり、「からあげ」という呼び方はなかったものの、江戸時代にはすでに現在の空揚げに相当する素揚げ、もしくは粉をまぶした揚げものが存在していたということだ。

 さらに言葉の起源については、『日本料理由来事典』(川上行蔵、西村元三朗監修、同朋舎出版、1990年)に、以下の記述があった。

 <江戸時代の料理書には空揚の名称はまだみられず、『素人庖丁』(1803)などでは、煎出(いりだし)・衣かけの名で魚介類や野菜類を素揚にしたり、小麦粉をまぶして揚げたりしている。『料理読本』(1936)には空揚が明記されている。しかし、唐揚はすでに『普茶料理抄』(1772)にみられる。それによると豆腐を小さく切り油で揚げ、さらに醤油と酒で煮たものが紹介されている。すなわち、唐揚のほうが空揚より古い料理名のようで、揚物の普及とともに、空揚が一般化したものと思われる>

 この記述を信じれば、豆腐を油で揚げた後に醤油と酒で煮たものが、時代を経て現在の素揚げ、もしくは衣をつけて揚げたものになったということだ。

 だが、それにしてはずいぶんと調理法が違うのが気になる。本当に、普茶料理の「唐揚」と現在の「からあげ」とはつながっているのだろうか。そんな疑いを抱きながら、明治時代から戦後の1960年代までの料理書を実際に調べてみることにした。

「唐揚げ」の呼び方はごく少数派だった

 180冊ほどの資料をあたったなかで、最も早い時期に「からあげ」に相当する言葉を見つけたのは、先の『日本料理由来事典』の記述より18年ほど前の1918(大正7)年に発行された『家庭経済食物の調理』(野口保興著、目黒書店・成美堂)だった。同書には「空揚」と題し、鱸(すずき)、鯔(ぼら)など魚の切り身に塩をふり、ゴマ油で揚げる素揚げの調理法が紹介されている。

 以降、ぜんぶで40例ほど見つかったが、最多は「空揚」「空揚げ」で、次に「から揚げ」が続く。「唐揚げ」に相当するのは、1942(昭和17)年刊行の『日常実験料理』(赤堀旺宏著、東京開成館)に登場する「小鯵の唐揚」と「鯉の唐揚」の2例のみ。しかもこの2例は、小麦粉もしくは片栗粉をまぶして揚げてから、あんをかけたもので、中華料理として紹介されている。

 もっとも、「空揚」「空揚げ」と呼ばれているものの多くは、何もつけずに材料を揚げただけの素揚げしたものを指していた。ならば、現在のいわゆるからあげ、つまり衣つきのものとは違うのではないかと思うかもしれない。だが、素揚げのものに交じって、わずかながらも衣をつけたものも「空揚げ」と呼ばれているところが、問題を複雑にしている。

 例えば、1938(昭和13)年に刊行された『新栄養料理範例』16巻3号(小田静枝著、栄養社)では鯖を使った「空揚」が載っているが、これには<鯖を一切れに切り、鹽(しお)を當てメリケン粉をつけて、空揚とする>と、堂々と書いてある。やはり、薄い衣をつけたものも「空揚げ」の範疇に入っているのである。

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