こうした「批判タブー」の最たるものが「東京裁判史観」であり、その焼き直しとも言うべき「村山首相談話」ではないか。そこで描かれているのは、一方的にアジアを侵略し多くの国々に多大な損害と苦痛を与えた「悪い国日本」。しかも、東京裁判が戦勝国による歴史観の押し付けだったのに対し、「村山談話」は時の日本国の内閣の閣議決定だ。「悪い国日本」史観が、いつしか日本の自発的意思となり、今や牢固として存在しているのだ。

 もちろん、筆者は「敗戦までの日本に問題が一切なかった」と言うのではない。日清・日露戦争勝利に由来する驕り、国際情勢分析の誤り、現地軍部の独断による満州・華北侵攻、戦線の際限なき拡大、敗北が確定的となった後も情報隠蔽、いたずらに戦禍を拡大・・・。戦略・戦術面での誤りは多々あった。

 田母神論文の中でも、例えば「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずりこまれた被害者」というのは、言い過ぎだろう。中国側による日本人居留民虐殺や執拗な挑発の結果、全面戦争化した事実があったとしても、「対支二十一か条要求」以降の日本による圧迫が中国国民の反日侮日感情を激化させていたからだ。

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田母神氏が去った航空自衛隊 〔AFPBB News

 だからと言って即「村山談話」のように、戦前・戦中の日本は悪であり、戦争の責任はすべて日本にあったのだ、ということにはならない。人が喧嘩をするにも相手がいるように、国家も相手がいなければ戦争はできないし、それに踏み切るには並大抵の決断ではできない。ところが「村山談話」には、相手方である当時の米英中ソの対日姿勢がどうだったかという視点が、全く欠落しているのだ。

 例えば、中国の蒋介石は日米戦争の勃発を予期し、この戦争の長期化を図っていた。米大統領ルーズベルトが孤立主義的な米国世論を戦争支持に導くため、日本に戦争の引き金を先に引かせようと細心の注意を払っていたことも、近年発見された資料で明らかになっている。実際、国力の差は明白であり、また中国戦線は既に泥沼化していた。それなのに米英に宣戦した事実は、むしろ日本が止むに止まれず、太平洋戦争へ突入した事情を示しているのではないか。

戦争責任はすべて日本に? 真実の追究を!

 更に言えば、田母神氏が強く主張するように、日本は併合当時最貧国だった朝鮮や、日清戦争前は未開の地の台湾を本土とほぼ同じ開発水準にまで引き上げた。大戦時のアジアの占領地でも現地人育成の方針で臨んでいた。もちろん、それは日本の国益のための行為とはいえ、原住民を奴隷のように扱い、資源を徹底的に収奪する一方で、鉛筆の作り方さえ教えなかったと言われる欧米諸国の植民地支配とは、決定的に異なっていたことは厳然たる事実だ。

 だから中韓以外のアジアの人々は、少なくとも戦争を知る世代は圧倒的に親日的だ。同化政策を非難する声もあるが、イングランドの同化政策がスコットランドやアイルランドの言語まで奪ったのに対し、朝鮮総督府は現地語尊重政策から多くの学校を朝鮮全土に建設し、ハングルを普及させていた。

 そもそも日本が戦った相手は、中国を除けばアジアの諸民族ではない。アジアを侵略し、植民地支配していたのは欧米列強にほかならない。19世紀後半以降、日本は列強のアジア侵略に直面し、独立を守るべく必死にもがいたのであり、どう考えても「日本だけが侵略国家だといわれる筋合い」はない。田母神氏の最大の主張はこの点にある。そして、日本がすべて悪かったという「マインド・コントロール」が「戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている」ため、日本人が自国とその伝統文化に誇りを持てず、自立を守れなくなっているという点にある。そして、同氏のこの主張に筆者は大いに共感する。

 国際関係において拠って立つ歴史観、あるいは守るべき価値観や国益を、日本はいまだに明確に持っていない。それが、相手国との間や国際社会で筋を通すことより、摩擦を起こさないことを第一とする「事なかれ主義」を招いている。そして、国際世論で今も続く反日宣伝(南京「大虐殺」、「従軍」慰安婦、強制連行・・・)に沈黙し、その主張を認めたと見られてしまう理由のように、筆者には思われてならない。

 問題は、当時を知る人々がだんだん少なくなり、田母神氏が指摘するような事実が「本当にあったのか、真実はどうだったのか」を究明するのが非常に難しくなっている点にある。このため、これまでの無策により国際世論で通説化した東京裁判史観に対し、多くの日本人が反駁する気概や、自らの伝統や価値観への誇りを既に失ってしまったようにすら、筆者には思える。占領軍の日本無力化戦略を起源とする「戦後レジーム」が、戦後60年余を経て遂に完成の域に達しようとしているかのようだ。

 もう手遅れかもしれない。だが、心ある日本人が今こそ立ち上がらなければ、日本の国益は今後益々損なわれていくのではないか。過去の誤りをしっかりと認め、また正当な批判を真摯に受け止めることは必要だ。しかし、捏造歪曲された史実や歴史観を一方的に押し付けられることにより、祖国と祖先の名誉が未来にわたって貶められることを、現代の日本人が座視してはなるまい。