この男は400メートルを「必ず」163歩で駆け抜ける。

為末大氏/前田せいめい撮影為末 大選手(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ 陸上100メートルと200メートルで中学生日本一 400メートハードルに転向 法大卒業後、大阪ガスを経てプロ陸上選手(APF所属) 世界陸上2001年エドモントン大会と05年ヘルシンキ大会で銅メダル 現在は米国サンディエゴで2012年ロンドン五輪の金メダルを目指してトレーニング中
» 為末大オフィシャルサイト「侍ハードラー

 世界陸上で2度の銅メダルに輝いた400メートルハードルの為末大選手。身長の半分よりも高い91.4センチのハードルを10台跳び越えるのだが、レース中の失敗は生涯ただ1度だけ。全身の酸素を使い切り、毎回毎回、意識朦朧の状態でゴールに飛び込む。

 「侍ハードラー」は6台目のハードルを「逆足」で跳び、「能の舞」を導入するなど常識破りの走法を独自に開発。トラック競技では小柄な体格(身長170センチ)のハンディを克服し、世界のトップアスリートに仲間入りした。32歳になった今もプロ陸上選手(APF所属)として、2012年ロンドン五輪に向け過酷なトレーニングを続けている。

 自らの限界に挑むばかりか、「日本人の足を速くしたい。私は、本気でそう考えています」(為末大『日本人の足を速くする』新潮新書)と宣言。日本人に合った方法で体を鍛えて正しく体を動かせば、国民平均で0.3秒ぐらいは速くなると言い切っている。

 しかしそれだけでは、日本からトップアスリートはなかなか出現しない。このため次期五輪の金メダル獲得を目指す一方で、欧米に比べて競技生活の環境が厳しい日本のマイナースポーツ選手を支援するため、「アスリート・ソサイエティー」(仮称)という社団法人の創設に向けて東奔西走している。

 JBpressはトレーニング先の米国サンディエゴから一時帰国した選手に単独インタビューを行い、「アスリート・ソサイエティー」創設の動機や目標などを聞いた。(2010年6月8日取材 協力=カディンチェ株式会社 AFP以外の写真は前田せいめい撮影)

競技引退後、30歳でメールのできない元選手も・・・

 JBpress なぜ「アスリート・ソサイエティー」を創ろうと決断したのか。

 為末大選手 陸上をはじめ、マイナー競技の選手が自立して成長していける組織が以前から必要だと痛感していた。社団法人という形で早ければ2010年夏にも設立申請したい。理事長を私が務め、朝原宣治氏(陸上)、松下浩二氏(卓球)、朝日健太郎氏(ビーチバレー)らに賛同をいただき、理事などをお願いすることになると思う。

 ━━ どのような活動を展開していくのか。

為末大氏/前田せいめい撮影

 為末選手 今、色々と考えを練っている。現役選手に話を聞くと、「とにかくお金がない」と口を揃える。一方、引退した選手は「競技一筋で社会経験がないから、引退後の生活が非常に苦しい」と訴えている。確かにスポーツは狭い世界だから、引退後の行き先がなかなか見つからない。

 もちろん現役選手の声は重要だが、「長い人生を考えると、こういうことも必要になるよ」というような一種の啓蒙活動から始めたいと思う。単純にお金を渡すのではなく、選手に社会の仕組みなどを教えたい。