歴史というのは、国と国民に極めて大きな影響を及ぼす。古くは中国文化圏の影響を強く受けながらも、日本は中国や韓国とはかなり違った文化を形成してきた。面白いことに、その違いの典型例が数学にあるという。

 海を1つ隔てただけで、実利的な算術の世界にとどまった社会と、純粋数学の世界へと発展していった社会に大きく分かれた。世界の中で日本人ほど数学が好きな国民はほとんどない。これは私たちが誇っていい事実であり、その背景には歴史がある。

 なぜ日本人は数学が好きになっていったのか。また長い年月の間に私たちの中に埋め込まれていった数学DNAをさらに強化して日本をさらに強い国にするにはどうすればいいのか。今回は数学を題材にした異色対談を実現した。

 サイエンスナビゲーターの桜井進さんと花まる学習会を運営する高濱正伸さんの2人である。ちょうど数学に関する本を出版されたのを機会に、日本人と数学について話し合ってもらった。

日本人は世界に冠たる数学大国の末裔である

川嶋 今年(2012年)のノーベル賞では京都大学の山中伸弥教授が医学生理学賞を受賞して、日本中が盛り上がりました。理科学系でこれまで日本人は15人(米国籍の南部陽一郎氏を除く)が受賞していますが、中国人や韓国人の受賞者はゼロです。

 こう見ると、いろいろ言われながらも日本の教育水準は世界的にもいい線を行っているのかなという気がするのですが・・・。

桜井 進(さくらい・すすむ)
1968年山形県生まれ。東京工業大学理学部数学科および同大学大学院卒業。東京工業大学世界文明センターフェロー。サイエンスナビゲーターとして子供から年配者までが楽しめるライブショーも行っている(撮影:前田せいめい、以下同)

桜井 ノーベル賞とは別に、数学の分野にはフィールズ賞があります。フィールズ賞は4年に1度、しかも40歳以下という条件で一度に4人しか受賞できません。そして人生で1回だけです。天才中の天才しか取れない。

 その賞を日本人は3人が受賞しています。ちなみに中国、韓国はゼロです。つまり、ほとんどの日本人は知りませんが、日本は世界に冠たる数学大国だということです。

 しかも、日本の数学は戦後の教育で良くなったわけではない。江戸時代からすでに高いレベルに達していました。

高濱 その蓄積は大きいですよね。

桜井 大きいです。僕たちは数学大国の末裔なんです。なぜ数学に強いかというと、その秘密は日本語にあるのではないかと考えています。まず漢字が持っている力。漢字はアルファベットに比べて情報量が多い。漢字は絵ですから。

 また、俳句はなぜ五七五なのか。僕は茶道や華道、建築などもそうですが日本文化の根底には白銀比があると考えています。黄金比ではなく、白銀比です。

 白銀比とは、1対√2(約1.4)です。直角二等辺三角形の3辺の長さの比である1対√2対1の1を5に置き換えると、5・7・5になります。指折り数えることができる日本語と数の関係が非常に深いと気づいたんです。

 松尾芭蕉の「しずかさや いわにしみいる せみのこえ」は1字1字数えることができます。「This is a pen」は指折り数えられない。母国語が数えられる言語だということが、日本の整数論が世界一である根本にあるのかもしれないということです。