カツオを食べる達人だった日本の漁師

進化を遂げる「カツオ食」(前篇)

2012.09.21(Fri)漆原 次郎

 なお、かつて「カツオのたたき」といえば、塩辛のことを指すこともあった。江戸時代の食物研究家だった人見必大の著書『本朝食鑑』には、端肉や小骨をたたいて塩辛のようにした醤(ひしお)を「多多岐(たたき)」というと述べている。

日本各地に独自のカツオ料理がある

 節、煎汁、生、たたきと紹介したが、これだけではない。特にカツオ漁がさかんな漁師町では、人びとは船上や地元での料理にカツオの様々な部位を使ってきた。川島秀一著『カツオ漁』(法政大学出版局)から、様々な食の方法を見てみよう。

 カツオの頭を食べる習慣があったのは沖縄県や鹿児島県だ。カツオの頭を漁師が持ち帰り、これを壷に入れて塩漬けにして保存食にしていた。枕崎や坊津ではこの食べものを「ビンタ」と呼んでいた。

 一方、有数のカツオ水揚港である気仙沼には「キガキ炊き」なる料理があった。カツオとイワシに塩をまじえてつくった魚醤に、さらにカツオの頭と大根を入れて炊いて食べたという。

 カツオの肉のうち、黒い部分の血合肉を食べる習慣もあった。静岡県の御前崎では、漁師たちが「押さえ飯」と呼ばれる飯を船上に持っていき食べていたという。血合肉にネギや醤油をまぜて叩いたタタキをご飯の上にのせ、上から蓋で押さえ、押し鮨のようにするのだ。

 骨までも食材に使ったのは三重県の漁師たちである。カツオの骨を塩に漬けて「ニタヨウ」という料理にして食べたり、これを薄塩で煮てスープにして飲んだりもした。

 カツオの身を団子にして食べる習慣は、多くの地域の船上食になっていたようだ。小骨も入った身を包丁でたたき、味噌をまぜて丸めてから煮立ったお湯に入れ、団子として食べた。漁師たちはこれを「カツ団子」と呼んだ。

現代の日本人は4割の部位しか食べていない

 庶民には庶民の、漁師には漁師のカツオの食べ方があったわけだ。代表的な節や刺身だけでなく、獲ったカツオを血合や骨の部分まで無駄にしない食べ方を日本人は考えてきた。

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