かつて男友だちが「付き合う前に彼女、料理が得意と言っていたのに、味噌汁ひとつも満足に作れないんだよ」と嘆いていた。よくよく聞いてみると、交際前、彼女はこう言っていたそうだ。「得意料理は肉じゃが」

 あぁー、一杯喰わされたな、おぬし。瞬時に、私は思った。

 肉じゃがは、「おふくろの味」のアイドルだ。甘辛く煮た牛肉と、その肉汁を吸ってほっくりしたじゃがいも。単純な和風の味付けながら、筑前煮などと比べるとボリューム感もある。ごはんとの相性もバツグン。手料理に飢えた若き独身男にとっちゃ、まず間違いなく食欲をそそられる料理と言っていい。

 そんな欲求を見越したゆえの、女の「得意料理は肉じゃが」発言である。

 肉じゃがを1度作ってみれば分かるが、さほど複雑な料理ではない。味付けが大幅にブレたり、じゃがいもが半煮えでない限り、まずまずの及第点は取れる料理だ。手軽にでき、なおかつおいしいところが「おふくろの味」の地位を築くことにつながったと言えよう。これが手の込んだ茶巾寿司とかだったら、日本全国の“おふくろ”が日々の夕餉に作ったりはしないからだ。

 「や、本当に料理が得意な人は、『得意料理が肉じゃが』とは言わないと思うよ。きっと、『和食』とか『イタリアン』とか言うんだよ」と私見を述べたら、友人はしょんぼりしていた。ごめん、夢をブチ壊して。

 そんな罪つくりな料理「肉じゃが」。これまでも何度か書いてきたように、日本でおおっぴらに肉食が認められるようになったのは明治期以降だ。肉じゃがも「おふくろの味」と言いつつも、さほど歴史が長いわけではなさそうだ。

 では、いったい肉じゃがはいつ誕生して、「おふくろの味」になったのだろうか。

東郷平八郎が発案者という説は本当か

 現在、「肉じゃが発祥の地」として名乗りを挙げているところが2箇所ある。京都府舞鶴市と広島県呉市だ。なぜ舞鶴と呉が「元祖肉じゃが」をめぐって対立しているかといえば、肉じゃがの発案者とされる明治時代の日本海軍元帥・東郷平八郎にゆかりがあるからだ。