2007年7月、脳科学者の茂木健一郎氏は愛知県豊田市にあるトヨタ自動車の工場を訪れた。その時の驚きと発見を基に上梓したのが、『ひらめきの導火線』である。工場で目の当たりにしたのは、世界に名だたる「改善(カイゼン)」が生み出される現場。茂木氏はその中に、日本ならではの創造性の文化を見出した。(聞き手は鶴岡弘之)

── トヨタの工場を訪れたことをきっかけに、「創造力」や「独創性」の捉え方が大きく変化したそうですね。工場で茂木さんはどんな衝撃を受けたのですか。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

1962年東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授のほか、早稲田大学などの非常勤講師を務める。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。著書は『脳と仮想』『脳内現象』『意識とはなにか』『すべては音楽から生まれる』『脳を活かす勉強法』など多数。(写真:LiVE ONE)

茂木 びっくりしたのは、予想外に明るい雰囲気だったことです。みんなが本当に楽しそうに仕事しているんですよ。

 それまではチャーリー・チャップリンの映画「モダン・タイムス」じゃないけれど、工場というのは効率性ばかり追い求める非人間的な世界というイメージが心のどこかにありました。でも、トヨタの工場は全然違っていました。働いている人たちの顔が明るく生き生きとしている。それが何よりも印象的でした。

── そして、トヨタが現場をカイゼンするために使っている提案書制度に注目されたそうですね。

茂木 提案書とは、工場で働く人たちが、カイゼンのためのアイデアをA4サイズ1枚の紙にまとめるものです。優れた提案には金一封が出ます。トヨタの提案書制度は有名ですから、もちろん存在は私も知っていました。でも工場で実際にどのように運用され、根づいているのかは知りませんでした。

 工場の人たちと話して、とてもよく覚えている会話があります。「いい提案書を書くといくらもらえるんですか」と聞いたら、数百円から数千円だって言うんです。一律でその金額ということはないだろうと思って、「一番いい提案書を書いた人はいくらもらえるんですか」と聞くと、何人かで顔を見合わせて「年に2~3件だけど10万円ぐらいもらえるのがあるよな」と言ってました。